東電刑事裁判の判決の誤りを徹底批判する 海渡雄一弁護士(東電刑事裁判被害者代理人)インタビュー(聞き手=佐藤嘉幸)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年12月12日 / 新聞掲載日:2019年12月6日(第3318号)

東電刑事裁判の判決の誤りを徹底批判する
海渡雄一弁護士(東電刑事裁判被害者代理人)インタビュー(聞き手=佐藤嘉幸)

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第3回
第三の論点——「長期評価」の信頼性について

佐藤  
第三の論点に移ります。判決は、推本の長期評価の信頼性を過度に低く見積もっているのではないか、いう感じを受けました。長期評価は、三〇年に二〇%の割合でマグニチュード八・二程度の津波地震が、日本海溝沿いのどこでも起き得ると予測しています[図3]。福島県沖でも起きるという予測でした。これに従えば一〇メートルを超える津波が福島第一原発に襲来する可能性が高いことは予測できた。それにもかかわらず、対策を先送りにした東京電力の責任は大きい。一般的にはそう考えるのが普通です。海渡先生も言われているように、東電や国に対する民事の損害賠償訴訟では、長期評価が信頼性を持つものであることが例外なく認められている。ところが今回の判決は、長期評価には信頼性がないという奇妙な論理構築をしています。
図3

海渡  
まず、政府地震調査研究推進本部というのが政府機関だということが重要です。そして福島県沖も含めた、三陸沖から房総沖までの区間でマグニチュード八・二以上の津波地震がくるという見解は、推本の長期評価検討に当たった多数の地震・津波学者全員一致の意見です。そして、「三〇年間に二〇%」とは、原発の安全性を考慮する上ではものすごく高い確率です。一万年に一度の地震であっても考慮しなければいけない、というのが原発の基本的な安全性の考え方です。それに比べて、この確率は非常に高い。長期評価について「問題がある」としている学者にしても、福島沖で津波地震が起きることはないと言っている人はほとんどいない。三陸沖がマグニチュード八・二だったら房総沖は八・〇ぐらいになる。そういう規模の違いを言っているだけです。そうしたことを踏まえて、東電は二〇〇八年八月、東電設計に依頼して、津波高を再計算させています。結果的に出てきた数字は「一三・六メートル」です。長期評価を踏まえて東電設計が二〇〇八年三月に出した想定津波高「一五・七メートル」とわずか二メートルしか変わらない。そこから出てくるのは、防潮壁の高さを一〇メートルにするか八メートルにするかという違いだけです。その時点から八メートルの防潮壁を築いて、それを津波が越えて事故が起きたというのならば、彼らの言い訳は成り立つのかもしれない。結局、南北で地震の規模が異なるという見解は、東日本太平洋沖地震の発生により、科学的には間違っていたことがわかったのですが、いずれにしても、見解に幅があったということは、何の対策も取らなかったことの根拠には到底なり得ません。そして土木学会は、二〇一〇年一二月には、福島・房総沖の津波地震の規模はマグニチュード八・〇ぐらいになるとの見解をまとめています。この場には、東電の職員も立ち会っていたのです。
もう一つ重要なことは、国が審査する立場にあった耐震バックチェック[新たな安全基準が作成された場合に、それ以前に作られた機械について、新基準に照らし合わせて調査し直すこと]の審査会合です。そこでどういうことが議論されたのか、議論されることになり得たのか。保安院の審査会合を主宰していた地震学者の阿部勝征さんは、検察官に対する調書で証言しています。太平洋プレートはひと続きになっていて、その主体構造に違いは見られない。よって福島沖から茨城沖で、どこでも地震津波が起きることは否定できない。原子力事業者としては、推本の長期評価を前提とした対策を取るべきである。そうはっきりと、阿部さんは言っているのです。だからこそ、東電の土木調査グループは、津波対策を取らない限りバックチェックには通らない、と上層部にも進言している。しかし、上層部はどう考えたか。土木学会に検討してもらっている間は、津波対策をしなくて済む。バックチェックの期限は国に圧力を加えて引き延ばしていく。
その間に柏崎刈羽原発の再稼働を目指していけば経営上のロスが少なくなる。津波対策を先送りするために、そうした意志決定をしているわけです。
ただ、いずれにしても津波対策を取らなくてはならないことは、東電の現場の人間には完全にわかっていたと思います。それは武藤栄氏には説明済みです。一年ぐらい遅れて、武黒一郎氏にもしっかり説明されていたはずです。だから、推本の長期評価の信頼性をここまで低める判決の論理は、ものすごく奇異な感じがします。裁判官は、科学者でもないのにこうした科学的判断を示していますが、内容的にも頓珍漢であり、呆れるばかりです。しかもよく読むと、長期評価に基づいて対策を取る必要はなかったとは言っていない。長期評価は直ちに原子炉を止めるレベルのものではなかった、と言っているのです。様々な面で誤摩化しがあります。つまり、対策をとるべきだったと判断すれば、大規模な津波対策工事が行われることになって、地元から原子炉停止を求められて、結局停止になった、というのが僕らの見立てなのですが、そのような観点は一切考慮に入れていない。非常におかしな論理構築だと思いますね。
佐藤  
判決は、「「長期評価」の見解は、具体的な根拠を示しておらず、地震本部自らも信頼度をCに分類して」いると付け加えています(二一頁)。故意に長期評価の信頼性を落とそうとしているわけです。これについては、地震学者の島崎邦彦先生が、長期評価の作成時に様々な介入があったことを証言されています(島崎邦彦、「予測されたにもかかわらず、被害想定から外された巨大津波」、『科学』第八一巻一〇号、岩波書店、二〇一一年。以下で閲覧可能。https://researchmap.jp/?action=cv_download_main&upload_id=32422)。それによれば、長期評価の示す福島県や茨城県の津波予測が高過ぎて、今まで対策をやってこなかった自治体に対して今更対策をやれとは言えない、という非常に政治的な理由から、長期評価の信頼度を下げさせ、その提言を中央防災会議が取り入れないようにさせる、といった介入があった。その意味でも、「信頼度C」という評価が科学的だったとは言えない。判決は、そうした事実を一切無視し、無罪を導くための論理構築をしているように見えます。
海渡  
「信頼度C」というのは、地震津波がどこで起きるかわからない、ということなのです。東北地方については、過去四〇〇年しかデータがなく、その間に起きているのは、三陸沖が二回と房総沖が一回。しかし、もう少し遡ってみると、八九四年に貞観津波という現在の宮城県沖で起こった大地震があって、国史に記録が残っている。そのとき福島にも大きな津波をもたらしていることが、審査の中でわかってきている。そのような歴史を見ると、福島で大きな津波被害が起き得ることは、誰にでもわかるはずです。だからこそ、「原子力ムラの別働隊」と言われる中央防災会議が、原発に悪影響が及ぶことを理由にして、推本に政治的に介入し、信頼度を下げるような文章を無理矢理書かせる、という実際に工作があったことを、島崎先生は大変怒っておられたし、その旨を法廷でも証言された。それを無視して判決では、推本の長期評価の信頼性を傷つける認定をしている。電力会社を徹頭徹尾守るために司法判断が歪められた、典型的な例だと思います。
佐藤  
島崎先生の話は非常に明確で、私のような文系の人間にもわかりやすいものでした。いま貞観地震の話をされたように、大きな津波地震が過去四〇〇年起っていないからといって、そこに津波地震が起こらないわけではない。日本海溝上にはエネルギーがたまり続けており、そのエネルギーがいつか放出される可能性があるのだから、むしろ過去四〇〇年津波地震が起っていない場所の方が危ない、ということです。
海渡  
その通りです。地震空白地域の方が地震が起きやすい、ということは地震学の常識です。島崎先生はそのことをおっしゃっているのですが、判決では一言も触れていません。本当に頓珍漢ですね。
佐藤  
しかも、判決は非常に科学的な細かい領域にまで踏み込んで議論しているのですが、対照的に、今述べたような科学的知見の大枠を一切無視している。結果として、長期評価の信頼性を貶めるだけになってしまっています。
海渡  
例えば、判決要旨の二七頁には次のようにあります。「津波地震の中には中南米で発生した一九六〇年のペルー地震や一九九二年のニカラグア地震のように付加体[海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込む際、その境界となる海溝の陸側に形成される地質構造]を形成していない又は大規模な付加体の存在が報告されていない領域を津波波源とするものもある」。これは、推本の長期評価が正しいことを認定しているわけです。こういう例が具体的にあると言っているのだから、付加体のない福島県沖での津波地震も当然考慮しないといけない。ところが裁判所は、付加体のないところでは津波地震が起きにくい、という見解の方を信じている。付加体のないところでは津波地震は起きない、と断言している学者は誰もいません。地震の規模が小さくなるというレベルの議論しかない。だから、裁判官は理解しているかどうかわかりませんが、自分の言っていることを自己否定するようなことをこの三行で認定している。こんなことを認定するなら、付加体のないところでも津波地震が起きると認定しなければいけない。
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