教養としての思想文化 書評|寄川 条路(晃洋書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年12月14日 / 新聞掲載日:2019年12月13日(第3319号)

教養としての思想文化 書評
グローバル・リベラルアーツというカウンター・パンチ
メディア論、インターカルチャー論、グローバル・エシックスから現代の教養へ

教養としての思想文化
著 者:寄川 条路
出版社:晃洋書房
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 本書は、「西洋の哲学思想をベースにしていながらも、日本の精神文化がそれにどのように反応してきたのか、そしてそこから何らかのカウンターパンチを与えることができるのか」というスタンスで、人文学、リベラルアーツ、教養教育のいまの時代におけるあり方を考察したものである。著者は、ヘーゲル思想の研究の第一線で精力的に活動する一方で、さらに分野を大胆に横断するユニークな思索の展開でも知られる。本書では、著者は、特にユニークな思索のエッセンスを幅広く多くの読者に伝えることに成功している。

本書のテーマは、「思想や文化の比較から対話へ、文化の交流から異文化間のコミュニケーションへ、そして異文化間の対話や議論から共生や衝突へ」と進んでいく。これに従って本書の内容は、序章「若者の未来をひらく教養と教育」、第1章「コミュニケーションとしての教養」、第2章「教養はいまどこに?」、第3章「メディア論と知のパラダイムシフト」、第4章「インターカルチャーと異文化の哲学」、第5章「グローバル・エシックスとは何か」、第6章「人文学とリベラルアーツのゆくえ」、終章「新しい時代をひらく教養と社会」からなる。

まず、著者は、「精神の芽」を育てる教養の「ゆらい」と「ゆくえ」から教養教育の必要性を訴え(=第1章)、耕作、修養、教養、文化、会話と移ろいゆく教養のあゆみをたどったうえで次のように述べる。「教養とは、もはや個人の資質でも能力でもない。むしろそれは、その場の雰囲気を読み取るように、他者とのスムーズなコミュニケーションを図る柔軟な適応力のことであろう」。これに対して著者は、「わたしたち」の「一人ひとり」に向かって、「わたしたちの居場所は見つかるのだろうか」、「そこに、果たしてわたしたちはいるのだろうか」と問いかける(=第2章)。極めてリアリスティックな著者の状況認識と問題意識がうかがわれる。

以下、著者は、知のパラダイムシフトを企てるメディア論を紹介し(=第3章)、異なる文化を理解する方法をインターカルチャー論として探り(=第4章)、現代社会の問題をグローバリズムとローカリズムが激突する場面でグローバル・エシックスとして解きほぐしていく(=第5章)。このようして著者は、「人間を自由にする」というリベラルアーツの教育理念を「グローバル・リベラルアーツ」に見いだす(=第6章)。著者によれば、技術を文化としてとらえ、宗教を対話の場とする教養は、自己を他者へとひらいていくのである。著者自身を取り巻く状況から語るところなど、グローバル・リベラルアーツというカウンターパンチを考える著者の訴えは説得的である。

本書のテーマについてさらに深く掘り下げて考えたい読者には、『若者の未来をひらく』『メディア論』『インター・カルチャー』『グローバル・エシックス』『新しい時代をひらく』とそれぞれ独立の論文集がある。評者も一章(『グローバル・エシックス』第2章)担当したのだが、複数の執筆者による多岐にわたる内容を一つのテーマのもとにまとめ、さらに体系的な思索によって練り上げ、それを現代社会のなかに置き直した著者の力量にはただ驚かされるばかりである。本書によって読者は、教養と反教養の間に立ち、現代社会における教養のあり方を改めて考えることができるであろう。
この記事の中でご紹介した本
教養としての思想文化/晃洋書房
教養としての思想文化
著 者:寄川 条路
出版社:晃洋書房
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