ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 書評|慎改 康之(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年12月14日 / 新聞掲載日:2019年12月13日(第3319号)

ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学 書評
頼るべき、比類ないガイド
初期から晩年まで至るほぼ全ての著作について的確に解説

ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学
著 者:慎改 康之
出版社:岩波書店
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 フーコーの翻訳・紹介において高名な著者がフーコーの初期から晩年まで至るほぼ全ての著作について的確に解説する本書は、コンパクトな分量と簡潔な叙述にもかかわらず、単なる「入門書」ではない。フーコーの一部分だけに焦点を当てるのでも、恣意的なストーリーによって思想を解釈するのでもなく、フーコーの全体に満遍なく光を当て、時代順に淡々と「解説」し、フーコー自身の言葉に寄り添って彼が「何を為したのか」を描き出す。ある土地について、見るべきもの全てを精密な解像度で遺漏なく説明してくれるガイドブックのようなものを想像すればよい。簡単にその道筋を辿ってみよう。

『狂気の歴史』以前の「前フーコー的」な心理学についての著作は、喪失されたもの・疎外されたものを回収し、真の人間を取り戻そうとする思考に彩られている。だが、『狂気の歴史』および同時期のカント論において、近代の人間は「有限性」の構造に捉えられており、その人間学的思考自体が歴史的に構成された錯覚であると指摘される。フーコーは、ここでかつて自らが帰属していた人間的思考を歴史的問題として対象化し、そこからの離脱を開始するのだ。そのプロセスは、ネガティヴなものの回収という弁証法的図式を破棄する『臨床医学の誕生』、そして人間の有限性についての分析論が構成される歴史を扱う『言葉と物』においても続く。

それまでの歴史的研究を主体概念から解放する『知の考古学』によってフーコーは人間学的思考からの離脱を完成し、今度は権力の問題へと向かう。だがその分析は、個人を「魂」に閉じ込める機構を描き出し、「人間の出現」という問いを権力という新たな視点から捉えるものだ(『監獄の誕生』)。権力への抵抗や生権力の問題にも触れた『知への意志』ののち、フーコーの思考は方向を大きく変える。性の問題を通じて「西洋の人間が自分を欲望の主体と認めるようになった仕方」こそが問題と考えるに至ったフーコーは、西洋近代から古代世界へと領域を移して『性の歴史』で「欲望の主体」の系譜を描くのだが、その最終巻において、初期キリスト教の言説において欲望と主体が結びつけられ、「欲望の解釈学」が姿を現すことが明らかにされる。

同定されることを拒絶し、常に自分自身から離脱し変貌するフーコーの思考は、その多様性にもかかわらず、主体が真理と結ぶ関係を一貫して扱っている。そしてその哲学は、読者にとっても苦しくも愉しい鍛錬となるだろう。本書は、著作の内容だけでなく、過去の思想家たちとの対決についても明快に描き出しており、これまでの膨大な研究の蓄積を感じさせる。著者は本書を入門者向けと言うが、むしろ、フーコーを読みつつある読者が常時手にすべきものではないか。フーコーの広大な思考の中で迷子になりそうな時に頼るべき、比類ない「ガイド」である。
この記事の中でご紹介した本
ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学/岩波書店
ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学
著 者:慎改 康之
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「ミシェル・フーコー 自己から脱け出すための哲学」出版社のホームページはこちら
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