「台湾の歌」に耳を傾けよ 歴史を共有し、ともに〝平和の歌〟の歌い方を探る|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年12月14日 / 新聞掲載日:2019年12月13日(第3319号)

「台湾の歌」に耳を傾けよ
歴史を共有し、ともに〝平和の歌〟の歌い方を探る

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 本書は台湾の有名な台湾語作家・陳明仁氏の作品の翻訳である。「台湾語」という言葉は、現在台湾の公用語「国語」(台湾華語とも言い、即ち北京官話)を指すものではなく、かつて台湾で使用者数が一番多かった、中国福建省南部を起源とした台湾語(台湾閩南語あるいは「福佬話」)である。しかし戦後の中国国民党政権による長期的弾圧により、現在話者の人口が著しく減っており、マイナーな言語になり、五〇年以内に消滅する可能性が高い言語とされている。また、その書写システムは種類が多く、学校教育で教えられていなかったので、現在ではたとえ喋れる人であっても正しい表記を知る人も少なく、文芸作品を創作できる人が尚更少ない。

現代台湾語の語彙は、「国語」に似ている部分、あるいは借用するものもあれば、日本語の外来語もあり、さらに前述二者から独自な意味の変化を経た全く新しい語彙もある。また作者の台湾語の語彙と文法は昔ながらのもので、それを日本人が日本語に訳註することは、たいへん評価に値することである。さらに、読者の理解と原文の風味を維持するために、語彙の一部は日本語に訳し、一部は原語を残して注を施さなければならず、そのさじ加減はとても困難なもので、四人の翻訳者の腐心には脱帽しなければならない。

序文によると、作者の陳明仁は一九五四年、台湾中部の彰化県二林鎮原斗里竹圍仔庄の出身である。この貧しい農村には前述の台湾語を話す福佬人、同じく中国の方言の一つと位置づけされたが全く通じない客家語を話す客家人、そして当時は既に高度漢化したオーストロネシア系の先住民族・バブザ(巴布薩)族の人が雑居している。作者は自分の母を「イーア」と称することからもわかるように、その語彙にはバブザ語の言葉が存在する。偶然だが、最近陳耀昌氏の小説『フォルモサに咲く花』(原題『傀儡花』、下村作次郎訳)という清代における漢民族と先住民族、そして欧米と日本の外来侵略者との複雑な関係を描写する作品も日本語訳された。この二冊はまさに読者にとって、台湾の複雑な歴史、民族事情、そして言語事情を理解する好材料である。

陳明仁氏は台湾語文学の創作者の中でも有名な人物で、九〇年代以後には台湾語の保存のために、雑誌を創刊するなどの推進活動に尽力している。本書を読めばわかるように、この文芸作品の少ない言語で詩歌、エッセイ、小説、戯曲というありとあらゆるジャンルに即して精力的に創作している。本書の内容を大まかに分けてみると故郷の農村の話と政治を風刺するものと二種類がある。故郷を描写する時には牧歌的であり、政治を風刺する作品は反抗精神が高いが、時に微笑ましいユーモアを見せており、さらに全体的には一昔前の草の根の言葉の特色を持っている。台湾語の創作は既に難しいが、作者はさらに様々な書写スタイルとジャンルを試行し、全て成功したと評価されている。台湾語という言語の活力を、この一冊の中で思う存分味わえると言っても過言ではない。

ただ監訳者の解説は詳細だが、一つ補足したいところがある。確かに解説通り、台湾語の不振の原因は、戦後の国民党の統治によって強い抑圧があったからだが、それは明らかに戦前の植民宗主国だった大日本帝国による日本語教育の延長線上にあるのだ。戦前の日本語による教育で台湾の諸言語は公の場から抹殺され、さらに太平洋戦争の開始によって新聞の漢文欄が全面廃止され、台湾語と客家語を話す漢民族系の人の文字表現の場も奪われた。また「国語家庭」など家庭内の台湾固有言語まで抹殺する政策も行なった。日本統治期末期に至っては、ほとんど固有言語が話せない人も存在していた。戦後の国民党政権はこのような固有言語が弱まっていた土台を得て、スムーズに「国語」こと北京官話を全面的に推進し、台湾の諸言語を抑え続けた。台湾の人がよく日本の歌のカバー曲を口にするようになったのも、戦後の国民党の政策のもとで、台湾語、客家語の流行歌の創作が抑圧され、コストダウンのため選択する余地なく日本の流行歌をカバーせざるを得なかったからである。こうした台湾語の現在の状況と、戦前の大日本帝国の政策には間接的な関係があることを共有しておきたい。

思うに、そもそも戦後生まれの陳明仁氏も評者の私も、台湾語でも北京語でも、歌い得るのは「日本の歌」ではなく「台湾の歌」なのである。東アジアの歴史を共有している日本の読者には、国際情勢が今でも厳しい台湾に住んでいる人々が歌う「台湾の歌」を丁寧に聞き、お互いの歴史と文化を尊重しながら、一緒に〝平和の歌〟の歌い方を探していただくことを願ってやまない。
この記事の中でご紹介した本
台湾語で歌え日本の歌/国書刊行会
台湾語で歌え日本の歌
著 者:陳 明仁
翻訳者:酒井 亨
出版社:国書刊行会
「台湾語で歌え日本の歌」は以下からご購入できます
「台湾語で歌え日本の歌」出版社のホームページはこちら
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