小箱 書評|小川 洋子(朝日新聞出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年12月14日 / 新聞掲載日:2019年12月13日(第3319号)

小箱 書評
生者と死者の日常的な交流
私たちの生き方そのものを根元から問う

小箱
著 者:小川 洋子
出版社:朝日新聞出版
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小箱(小川 洋子)朝日新聞出版
小箱
小川 洋子
朝日新聞出版
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 どこにでもありそうな川沿いの町、昔の幼稚園に住む語り手の「私」が主人公である。自分の言葉を歌声としてしか表現できないバリトンさん、息子が生前に踏んだことのある道以外は歩けない「私」の従姉、死んだ子供のゴムのおしゃぶりをペンダントにしているクリーニング店の奥さん。これら際立って個性的な人物のいるこの町では、毎年西風の吹く季節になると、町外れの丘で「一人一人の音楽会」が開催される。

楽器は耳につけるイヤリング、奏でるのはその人の亡くなった子供たちである。音楽会は死者の声を聞く場だった。そのためイヤリングは、へその緒や乳歯を入れた小瓶、遺骨を加工したものなど、子供にゆかりのある素材が用いられた。

この町が他のどことも違っているのは、死者との日常的な交流が行われていることである。「私」の仕事もそれに関わるものだった。旧幼稚園の講堂には四列の棚が設置され、亡き子の遺品を納めた、「子ども一人分の魂があちらの世界で成長するのにちょうどいい大きさ」のガラスの小箱が、びっしりと並べられている。子どもたちは折々の両親の来訪を待ちながら、箱の中で生者と同様に年齢を重ねていく。そして年頃になれば、「私」の従姉の子のように、結婚式が執り行われるのである。

かつてこの列島に住む人々は、死後も縁者と長い交流を継続した。生者と死者の交流の場とそれを支えてきた死生観が、現代社会から姿を消しつつあるようにみえる。生と死の世界は分断され、死はひたすら忌避すべき暗黒の領域と化した。死にゆく者を一分一秒でも長くこちら側に引き止めることが現代医療の目的となった。しかし、作者の提示する世界観はそれとはまったく異質である。東北で行なった死者供養の取材で得た成果を踏まえて、現代人が忘れかけている生者と死者が日常的に交流するどこか懐かしい空間を、柔らかな筆致で描き出していくのである。

この作品は、生者と死者の温かな交流を描く単なるハッピーエンドのファンタジーではない。作品中には、遺骨を加工したイヤリングや遺髪を張ったハープなど、かなりグロテスクな描写が登場する。また「箱」は子どもの魂の住処としてだけでなく、無理に奇形にさせられて見世物小屋に売られた少女を閉じ込める檻や、それを真似てカマキリを閉じ込めたキャラメルのおまけの箱のメタファーとしても用いられている。死者供養が生者の側の一方的な強要や偏愛となることへの戒めの念が、そこには込められているように思われる。また、作品で描かれる二度目の音楽会の折に、突風が参加者のイヤリングをすべて持ち去ってしまうが、私はそのシーンに死者の側の複雑な感情の表出をみてしまうのである。

本書は長い作品ではない。だが端正で穏やかな文章によって紡ぎ出されるその世界は、この世と冥界を包み込む底のみえないスケールを感じさせる。死生観の大きな曲がり角に立っている今日、私たちの生き方そのものを根元から問う作品である。
この記事の中でご紹介した本
小箱/朝日新聞出版
小箱
著 者:小川 洋子
出版社:朝日新聞出版
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