本を弾く 来るべき音楽のための読書ノート 書評|小沼 純一(東京大学出版会 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年12月14日 / 新聞掲載日:2019年12月13日(第3319号)

本を弾く 来るべき音楽のための読書ノート 書評
引用が本文をつくり、 過去が未来をつくる

本を弾く 来るべき音楽のための読書ノート
著 者:小沼 純一
出版社:東京大学出版会
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 本書は、二〇一五年から二〇一八年まで、東京大学出版会のPR誌『UP』に断続的に発表された小沼純一による書評を中心とした一書だ。しかし、書評といっても新刊のそれではない。一九七〇年以降九〇年代までに書かれた、つまりは二〇世紀後半の書物の評である。私が書くこの記事は、書評集の書評ということになる。

音楽を研究し、批評する詩人らしい『本を弾く』というタイトルに惹かれつつ、と書いた時点で、すでに筆者の罠にかかっている気がする。普通に考えれば、音楽作品に対して聴者の位置に立つのが批評ではないかと思うのだが、「本」に対して演奏者の位置に自らを置いているのだから、本書の読者はどうしよう?

そういえば、自らシューベルトやシューマンに馴染んだロラン・バルトは言う。「ピアノは、わたしにとっては文学でもあった」と。考えてみれば、バルトが「作者の死」や『S/Z』で主張したのは、作家であるよりも先に、読者が書くように読むことであり、読むように書くこと、それを「エクリチュール」という言葉で示した。小沼が、本書のタイトルで「弾く」という位置から主張していることも同様だ。

だから、読み進めれば読み進めるほどに、本書は書評集でなく、読者に対して、要するにすべての書籍は書評なのではないか? という奇妙な感覚を与えることだろう。チャプター毎に主題となる書籍の評文は、引用と筆者の本文から構成されているが、本文と引用、引用と本文の関係性は徐々に曖昧模糊となり、ゲシュタルト崩壊した地点で、言わば「二つの声のためのソロ」として一文は閉じる。「エクリチュール」とは、過去に言葉を借り、読者は、受動的な聴衆としてでは無く、能動的な演奏家として解釈し、発話し、未来へと言葉を受け渡していくのだと実感させられる。

そういった観点で、本書のクライマックスに位置づけたいのは、「豊崎光一『余白とその余白 または 幹のない接木』」だ。ここには、フーコーやデリダがいて宮川淳がいる。

豊崎のこの名著を授業で紹介するとして、と妄想したとき、「わかりにくい話なんだけど」と、私はつい断ってしまいそうだ。しかし小沼のテクストで豊崎を読みながら、「いや、まてよ」と思った。近年のメディア環境において、コピペはもちろんのことだが、リツイートやメールの返信等々、「接木」のように他者/他書の言葉を受け容れた引用と本文の混淆するコミュニケーションは当たり前のことになっている。現代の言語状況を省みれば、こじらせがちなSNSでの作法に比して、免疫となりうる洗練された文章法が、フーコー、デリダ、宮川、豊崎、いや本書の小沼のテクストに横溢しているではないか。「わかりにくい」と思っていたけれど、むしろ読書をしない学生にこそ、まずは視覚的にでも頁を捉えてもらいたい、と思った。「灯台もと暗し」であったのか。

そして他方で本書は、現代における文章読本であることを強調しておきたい。本書の導きで再読する「李禹煥『出会いを求めて 新しい芸術のはじまりに』」の平易な言葉がつくる奥行きに驚き、「若桑みどり『薔薇のイコノロジー』」の美術に留まらない射程を実感した。

畢竟、小沼は、二〇世紀後半の日本の文化状況を、いまこうして再演することで、二十一世紀の言語空間を批評している。言葉を借りたり貸したりすることを忘れた反知性主義の時代に、「本を読め!」と対立的に激昂しても無駄なことだから、「本を弾く」という選択肢を投げ出してみせているのだ。音楽に擬えて語ることで、ギスギスした論理では無く、ある種の「情動」を呼び込む。バルトが半世紀以上前に主張した「エクリチュール」を、自家薬籠中とした手練れた文章家は、現代のメディア・テクノロジーが分断する読書環境への批判理論を提起しているのだ。
この記事の中でご紹介した本
本を弾く 来るべき音楽のための読書ノート/東京大学出版会
本を弾く 来るべき音楽のための読書ノート
著 者:小沼 純一
出版社:東京大学出版会
「本を弾く 来るべき音楽のための読書ノート」は以下からご購入できます
「本を弾く 来るべき音楽のための読書ノート」出版社のホームページはこちら
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