田原総一朗の取材ノート「国会がこのまま終わっていいのか」|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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田原総一朗の取材ノート
更新日:2019年12月16日 / 新聞掲載日:2019年12月13日(第3319号)

国会がこのまま終わっていいのか

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日本は、現在、与党と野党と一致して取り組まなければならない重大な問題をいくつもかかえているのに、なぜ「桜を見る会」が、こうした、どうしようもない事態となってしまったのか。

実は、二〇一七年、二〇一八年の森友・加計疑惑は、安倍内閣が生命を断たれてもおかしくない事件であった。げんに、国民の多くが「非常に問題がある」と捉えている。

だから、私は、こうした厳しい疑惑によって、安倍内閣は、神経を引き締めることになるだろう、と考えていたのだが、逆に、森友・加計疑惑を克服できたということで、神経が緩んでしまったようだ。何をしてもかまわない、ということになってしまったのだろうか。

たとえば、安倍首相は、招待客名簿を内閣府がシュレッダーで廃棄した、と述べているが、何と、廃棄したのが、日本共産党の宮本徹衆院議員が、招待客名簿の資料請求をした、五月九日の、資料請求の一時間前なのである。

宮本議員の資料請求があったから、内閣府はあわてて招待客名簿を廃棄したのではないのか。

野党の、こうした質問に対して、安倍首相は、「廃棄することは、四月二二日の時点で決まっていたのだが、シュレッダーが使用できたのが、たまたま五月九日の、その時間なのであって、共産党の資料請求とは全く無関係だとの報告を受けている」と答えた。

そして、シュレッダーによって廃棄したので、招待客を確認するのは不可能だ、とも述べたが、その後、菅官房長官が、実は招待客名簿は、バックアップデータに、八週間残っていた、と答弁している。ただし、バックアップデータ行政文書該当しないので、公表はできない、というのである。

だが、この説明に納得できる国民は一人もいないのではないか。
安倍首相の言うことも、菅長官の説明も納得できない。国会が、このようなかたちで終ってよいものだろうか。(たはら・そういちろう=ジャーナリスト)
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