三人の逞しい女 書評|マリー ンディアイ(早川書房 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年12月21日 / 新聞掲載日:2019年12月20日(第3320号)

三人の逞しい女 書評
フランスという国にとどまらない広がり
フランスという国にとどまらない広がり

三人の逞しい女
著 者:マリー ンディアイ
翻訳者:小野 正嗣
出版社:早川書房
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 フランス文学が、フランスという国にとどまらない広がりをもっていることを、改めて強く印象づけられる一年だった。

現代フランス文学でもっとも力強い作品を発表しつづけている作家の一人マリー・ンディアイの『三人の逞しい女』(小野正嗣訳、早川書房)は、三人の人物が追い込まれた窮地を物語る。切迫し、ゆがみ、出口の見えない独特の小説空間のなかで、人物たちがどのような状況に陥っているのかが次第に明らかになってゆくのだが、その根底にはいずれも国境を越えた移動が深く関わっている。セネガルのヴァカンス村建設に何らかの形で関わった移民、難民の存在が、人生に行き詰まった人物たちの背景に不気味に広がっているのだ。

やはり現代文学を代表する作家ミシェル・ウエルベックの『セロトニン』(関口涼子訳、河出書房新社)は、自由に、裕福に暮らしていた一人の中年男が、仕事を辞めて引きこもり、追いつめられていくさまを描いている。それと並行して、主人公の分身とも言うべき貴族の末裔が、ヨーロッパ統合のあおりでフランスの畜産業が滅びつつある状況に巻きこまれ、苦境に追い込まれてゆく様子も語られる。回想に溺れていても、現在に関わろうとしても、突破口が見出せない絶望的な社会の背景に、国家を超えた大きな流れが見え隠れするのだ。ウエルベックの『ショーペンハウアーとともに』(澤田直訳、国書刊行会)は、このドイツ哲学者の文章を抜粋・翻訳して註釈をつけた異色の文章だが、芸術家の根底に「世界を受動的に見つめる気質」を認めるなど、小説を読むうえで貴重な示唆をあたえてくれる。

クレオール文学の礎を築いた作家エドゥアール・グリッサンの『第四世紀』(管啓次郎訳、インスクリプト)は、西インド諸島マルチニックの苦難の歴史、どこにも記録が残されなかった者たちの歴史を語ろうとする。西アフリカから連行され、プランテーションの環境に適応した者と、そこから逃れ逃亡奴隷として生きることを選んだ者の二つの系譜の絡み合いによって、現在のマルチニックが熟していったという、過去に埋もれた壮大な時間を予言するような小説である。作家が敬愛するフォークナーの小説のように、語りと時間の流れが錯綜していて、全体を一気に見通すことはできないが、過去を生きなおすことによって現在の可能性を再発見していこうとする気迫が全編にみなぎっている。

これ以外にも、戦後の移民政策が何をもたらしたのか、渦中に生きた人びとの人生を賭した言葉によって明らかにするヤミナ・ベンギギ『移民の記憶 マグレブの遺産』(石川清子訳、水声社)、カミュの小説で、名もないまま殺されるアラブ人の弟の告白を通して、アルジェリアのその後の変貌を語るカメル・ダーウド『もうひとつの『異邦人』 ムルソー再捜査』(鵜戸聡訳、水声社)があった。翻訳紹介が進んでいるパスカル・キニャールは、警戒する間もなく耳から入りこみ、身体を突き動かし、恐るべき権力ともなりえる音楽の力を語る『音楽の憎しみ』(博多かおる訳、水声社)、人間を生誕の方へ、そして死の方へ運ぶ小舟というイメージをめぐって、古今東西の文献を渉猟しながら、冥府への孤独な旅に思いをめぐらせる『静かな小舟』(小川美登里訳、水声社)が刊行された。

研究面では、フィクション論がもはや小説論でも物語論でもなく、映画やゲーム、さらには現実の知覚そのものと深く関わっていることを示したジャン=マリー・シェフェール『なぜフィクションか? ごっこ遊びからバーチャルリアリティまで』(久保昭博訳、慶應義塾大学出版会)、ギリシア悲劇の知られざる相貌に迫るウィリアム・マルクス『オイディプスの墓 悲劇的ならざる悲劇のために』(森本淳生訳、水声社)が特に印象に残った。マルクスは、ギリシア悲劇として現在知られている三十二作品のうち、二十四作品は二世紀、ローマ帝国で編纂されたアンソロジーに由来すること、残りは十四世紀テッサロニキで作成されたエウリピデスの写本であり、アルファベット順に残された後者の作品集に悲惨な結末を迎える作品が一つしかないこと等から、ギリシア悲劇が悲劇的なものではなかったという驚くべき推論を展開している。千葉文夫『ミシェル・レリスの肖像 マッソン、ジャコメッティ、ピカソ、そしてデュシャンさえも』(みすず書房)は、画家たちの残したレリスの肖像画を読み解きながら、二十世紀後半のフランス文学を代表する作品『ゲームの規則』がいかにして書かれたのかを鮮やかに解明してみせる。

最後となったが、吉川一義訳『失われた時を求めて』(岩波文庫、全十四巻)が完結した。言及される絵画や事物の数多くを解明しただけでなく、何より原文の流れを日本語に活かすことに成功した画期的訳業である。
この記事の中でご紹介した本
三人の逞しい女/早川書房
三人の逞しい女
著 者:マリー ンディアイ
翻訳者:小野 正嗣
出版社:早川書房
「三人の逞しい女」は以下からご購入できます
セロトニン/河出書房新社
セロトニン
著 者:マリー ンディアイ
翻訳者:関口 涼子
出版社:河出書房新社
「セロトニン」は以下からご購入できます
第四世紀 /インスクリプト
第四世紀
著 者:エドゥアール・グリッサン
翻訳者:日野 啓三
出版社:インスクリプト
「第四世紀 」は以下からご購入できます
移民の記憶 マグレブの遺産/水声社 
移民の記憶 マグレブの遺産
著 者:ヤミナ・ベンギギ
翻訳者:石川 清子
出版社:水声社 
「移民の記憶 マグレブの遺産」は以下からご購入できます
なぜフィクションか?  ごっこ遊びからバーチャルリアリティーまで/慶應義塾大学出版会
なぜフィクションか? ごっこ遊びからバーチャルリアリティーまで
著 者:ジャン=マリー・シェフェール
翻訳者:久保 昭博
出版社:慶應義塾大学出版会
「なぜフィクションか? ごっこ遊びからバーチャルリアリティーまで」は以下からご購入できます
「なぜフィクションか? ごっこ遊びからバーチャルリアリティーまで」出版社のホームページはこちら
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エドゥアール・グリッサン
エドゥアール・グリッサン()詩人,小説家,思想家.
Édouard Glissant(エドゥアール・グリッサン) 1928年マルティニック島の山村ブゾダンに生まれる.詩人,小説家,思想家.現代カリブ海文学の第一人者にしてフランス領カリブ海発「クレオール」思想の代表的論客.2011年パリにて没. 小説:La Lézarde (1958.『レザルド川』恒川邦夫訳,現代企画室),Le Quatriéme siècle(1964.『第四世紀』本書),Malemort(1975.『マルモール』水声社近刊),La case du commandeur(1981.『痕跡』中村隆之訳,水声社),Mahagony(1987.『マアゴニー』水声社近刊),Tout-Monde(1993.『全=世界』)他. 評論:Soleil de la conscience(1956.『意識の太陽』),L’Intention poétique(1969.『詩的意図』),Le discours antillais(1981.『カリブ海序説』インスクリプト近刊),Poétique de la Relation(1990.『〈関係〉の詩学』管啓次郎訳,インスクリプト),Faulkner, Mississippi(1996.『フォークナー、ミシシッピ』中村隆之訳,インスクリプト),Traité du Tout-Monde(1997.『全─世界論』恒川邦夫訳,みすず書房),Introduction à une Poétique du Divers(『多様なるものの詩学序説』(小野正嗣訳,以文社)他. 詩集:L’Isles(1953.『群島』),Le Sel Noir(1960.『黒い塩』)Poèmes complets (1994.『全詩集』)他多数.
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