評伝ジャン・ユスターシュ 映画は人生のように 書評|須藤 健太郎(共和国 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年12月21日 / 新聞掲載日:2019年12月20日(第3320号)

評伝ジャン・ユスターシュ 映画は人生のように 書評
評伝でありながら作品に 焦点を定める姿勢がいい
最大の収穫、最大限の賛辞を呈す

評伝ジャン・ユスターシュ 映画は人生のように
著 者:須藤 健太郎
出版社:共和国
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 映画本の最大の収穫は須藤健太郎著『評伝ジャン・ユスターシュ 映画は人生のように』(共和国)だ。フランスで提出された博士論文の書籍化で、多数の関係者へのインタビューや未公刊の資料の調査に基づく労作である。評伝でありながら、映画監督の私生活ではなくあくまで作品に焦点を定める姿勢がいい。最大限の賛辞を呈したい。ただし、読みながら感じたのは、この書物はやはりフランス語で出版されるべきではなかったか、ということだ。そうすれば、この書物を最も必要とする人たちに届いたのではないか。今からでも遅くないので、フランスで出版してほしい。その際の修正は最小限のもので済むだろう。結論部がないので付け足すことと、第九章の最後の混乱した記述を直すことぐらいである。第九章の『アリックスの写真』に関する議論は、フーコーの絵画論を応用すれば簡単に整理することができる。

ところで、大きく見ればユスターシュはアンドレ・バザン流のリアリズムの影響下で自分の映画美学を探求し、またそれ故に苦しんだ監督だ。バザンに関しては、『ユリイカ』九月号のタランティーノ特集のなかで、蓮實重彥が入江哲郎と対談しながら次のように語ったのが印象に残る。「合衆国ではバザンがほとんど神格化されてしまっているという懸念をわたくしは抱いております。しかも、その無益な神格化が日本にまで波及しようとしています」(八〇―八一頁)。蓮實のバザン批判はバザンの趣味判断に関するもので、理論的側面に及んではいない。これは理論的側面を認めているのではない。理論一般への警戒があるからなのだろう。だが、ここであえて踏み込むならば、バザン流のリアリズムへの欲望は、ベルクソンの持続への欲望と同様、突き詰めても何も肯定的なものに出会えない不毛なものだ。ともかく、バザンの過大評価は映画の未来に何も有益なものを与えないし、ユスターシュの困難もこのことと無縁ではない。

映画本では、『映画監督神代辰巳』(国書刊行会)にも目を見張った。日本映画は黄金期の後も多数の重要な監督を輩出したが、なかでも神代辰巳は決定的な名前のひとつである。渋谷の名画座での特集上映もあって、年末には監督の名前を何度も耳にすることができた。一万二千円という値段は一般の映画好きに届くものではないだろうが、この厚い書物は神代に関する貴重な資料となるだろう。

また、赤坂太輔著『フレームの外へ 現代映画のメディア批判』(森話社)も、貴重な映画批評家の待望の単著で、読み応えがある。

他にも二〇一九年の収穫として、四方田犬彦著『無明 内田吐夢』及び『聖者のレッスン 東京大学映画講義』(ともに河出書房新社)、ロベール・ブレッソン著、ミレーヌ・ブレッソン編『彼自身によるロベール・ブレッソン インタビュー1943―1983』(角井誠訳、法政大学出版局)、佐々木敦著『この映画を視ているのは誰か?』(作品社)も挙げておきたい。
この記事の中でご紹介した本
評伝ジャン・ユスターシュ 映画は人生のように/共和国
評伝ジャン・ユスターシュ 映画は人生のように
著 者:須藤 健太郎
出版社:共和国
「評伝ジャン・ユスターシュ 映画は人生のように」は以下からご購入できます
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