悲しい曲の何が悲しいのか 書評|源河 亨 (慶應義塾大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年12月21日 / 新聞掲載日:2019年12月20日(第3320号)

悲しい曲の何が悲しいのか 書評
「マルチモダリティ」「形而上学」 「実践」が席巻した哲学出版界

悲しい曲の何が悲しいのか
著 者:源河 亨
出版社:慶應義塾大学出版会
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 一見、水と油である広告と哲学に、実は共通点がある、と『ほんとうの「哲学」の話をしよう 哲学者と広告マンの対話』(中央公論新社)の岡本裕一朗は言う。広告の要はコンセプトであり、哲学は「概念の創造」だからだ。ただし、哲学的概念は、「イデア」のように、世界を一言で捉え、革新する起爆力を持つ。

今年の哲学出版界を席巻した概念は「マルチモダリティ」「形而上学」「実践」と言えよう。

マルチモダリティとは、人間の声が人形の口から出てくるように聞こえる腹話術のように、複数の感覚などが協働するメカニズムだ。源河亨『悲しい曲の何が悲しいのか 音楽美学と心の哲学』(慶應義塾大学出版会)は音楽経験をマルチモダリティととらえ、村田純一『味わいの現象学 知覚経験のマルチモダリティ』(ぷねうま舎)は、そのメカニズムをより深く、現象学的に分析する。村田によれば、レストランで出された皿をまずスマホで撮影する最近の風潮は、食べるという行為が味覚だけでなく視覚に関わることを示し、メルロ=ポンティなどの現象学、ギブソンの生態学からすれば、およそ感覚は、「五感」のすべて、また、身体や行為を巻き込むマルチモダリティであり、他の感覚から切り離された「純粋視覚」などは抽象にすぎない。それどころか、通常、視覚に比べて「劣位の感覚」とされる嗅覚も、「世界に住み込む」うえで決定的な役割を持つ。嗅覚を失い、匂いがなくなると、世界はまるで「映画の中」であり、「アイスクリームはぼてっとした冷たい泥」だからだ。逆に、触覚と嗅覚だけしかもたないヘレン・ケラーは、予想以上に豊かな世界に住んでいた。こうした現象学的分析によって、「視覚中心主義」の誤謬にとらわれた西洋哲学そのものが転覆される。

「形而上学」は様々な場面に顔を出す。

「誰も見ていなくても夕焼けは赤いか」など、誰でも一度は疑問に思ったことのある問いからはじまる飯田隆『虹と空の存在論』(ぷねうま舎)は、虹や青空が、物ではないのに公共的に観察可能なのはなぜかを掘り下げる。加地大介『もの 現代的実体主義の存在論』(春秋社)は素粒子や家具、穴や影、精神、国家など、およそ「もの」とよばれうるすべてに関する形而上学的分析。その結果、タイムトラベルは形而上学的に不可能であることが判明し、タイムパラドクスも解消される。

荒畑靖宏『世界を満たす論理 フレーゲの形而上学と方法』(勁草書房)によれば、フレーゲ哲学の核心は「汎論理主義」、すなわち、「論理学は、思考の規範ではなく、およそ思考の対象となるものすべての規範である」という形而上学にある。ちなみに、野本和幸『数論・論理・意味論 その原型と展開 知の巨人たちの軌跡をたどる』(東京大学出版会)は、デーデキントやフレーゲからクリプキなどまでを論じる、碩学の集大成。

カンタン・メイヤスーなどの「新実在論」を、ポストモダンの人間中心主義克服の試みとする岩内章太郎『新しい哲学の教科書 現代実在論入門』(講談社選書メチエ)。とりわけ、物やその「見え」、桃太郎などすべての実在を認めながら、「世界は実在しない」とするマルクス・ガブリエルの「新しい実在論」は、無限の課題を着実に処理していく「陽気な怪物」という、実践の地平をひらくという。

荒谷大輔『資本主義に出口はあるか』(講談社現代新書)は、左(left)と右(right)ではなく、ロック(Locke)とルソー(Rousseau)という「新たなL/R」を視座に18世紀以来の歴史を読み直し、資本主義の将来を見通した。

「Esse is percipi(存在するとは知覚されることである)」をスローガンとする観念論者という通念は誤解であることを示す、冨田恭彦『バークリの『原理』を読む 「物質否定論」の論理と批判』(勁草書房)。抽象観念の否定という一見、奇異な主張も、曖昧な抽象的思考を排し、個別の現実に立ち向かう、実践的意味を持っていた。
この記事の中でご紹介した本
悲しい曲の何が悲しいのか/慶應義塾大学出版会
悲しい曲の何が悲しいのか
著 者:源河 亨
出版社:慶應義塾大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
「悲しい曲の何が悲しいのか」出版社のホームページはこちら
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