荒地/文化の定義のための覚書 書評|T・S・エリオット (中央公論新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2019年12月26日 / 新聞掲載日:2019年12月20日(第3320号)

T・S・エリオット著「荒地」
専修大学 齊藤 弘昭 

荒地/文化の定義のための覚書
著 者:T・S・エリオット
出版社:中央公論新社
このエントリーをはてなブックマークに追加
 高校三年生の夏、齊藤青年は唐突に訳詩への挑戦を決意した。

そこで彼が手に取ったのは、『筑摩世界文学大系71』に訳出されている「荒地」(深瀬基寛訳)だった。国語便覧を参考に読書の対象を選んでいた彼は、目に飛びこんできた〝T・S・エリオット〟〝荒地〟という文字に心惹かれたのだった。なんとなくかっこいい。

無知とは恐ろしいものである。

作者のT・S・エリオットは、古今東西の文学・言語に関する深い教養を基底に詩を紡ぐ、「知の巨人」と呼ぶべき詩人であり、しかも、その詩法を極限まで突き詰めたとされるのが、長詩「荒地」なのだ。アーサー王物語の「聖杯伝説」と、ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』を下敷きとしながら、そこにダンテやボードレールなどからの引用をこれでもかと投入。加えて、断片的な台詞や擬音を何の前触れもなく挿入し、多層的に、荒廃した社会のイメージを創出しているというのだから手に負えない。さらにさらに、『筑摩世界文学大系』には、手助けしてくれる訳注もない。

そうとも知らず、意気揚々と読み始めた齊藤青年は、現実に直面する。

さっぱりわからない。

作中で何が起こっているのか理解できない。意味のわからない言葉を調べても一向に解読が進まない。むしろますますイメージが錯綜して掴みどころが無くなる。ずぶずぶと泥沼に嵌っていく感覚。気が付いたら首まで浸かってしまっていて自力では脱け出せない。

もうダメだ、そう思った瞬間、彼の首根っこを掴んで岸に引き上げようとする者があった。

ありがとう。君は?

僕の名前は、〈なんとなくかっこいい〉です。

かくして、齊藤青年はどうにか「荒地」を読了した。結局彼は、徹頭徹尾、〈なんとなくかっこいい〉にしがみついていただけで、ほとんど内容に立ち入ることはできなかった。しかし、何も得るものがなかったかといえばそうではない。わからないなりに、第二部後半で突如割り込んでくる〝時間です どうぞ お早くねがいます〟をはじめとする不穏な反復表現や、詩を取り巻くグルーミーな雰囲気、独白のごとき会話の虚ろな響きに心を動かされていた。彼は訳詩の魅力に目を開いたのだった。

それから四年の月日が流れたが、今でも時偶、詩集を開くらしい。相変わらず無知なので理解は全く進まないが、美しい表現を見つけては一喜一憂しているという。

詩、特に訳詩というと敷居が高いと思われがちだ。しかし、彼のように短絡的な理由で読み始めても、傑出した詩は必ず何かを返すだろう。難しそうだからという理由で敬遠してしまうのは些かもったいない。

だから、まだ訳詩の世界に出会っていない人には、こう言いたいと思う。

とにかくまずはフィーリングで一つ、読んでみてほしい。そうすれば、〈なんとなくかっこいい〉世界が待っているはずだから、と。 ※現在、深瀬基寛訳は『荒地/文化の定義のための覚書』(中央公論新社)で読むことができる。
この記事の中でご紹介した本
荒地/文化の定義のための覚書 /中央公論新社
荒地/文化の定義のための覚書
著 者:T・S・エリオット
出版社:中央公論新社
以下のオンライン書店でご購入できます
このエントリーをはてなブックマークに追加
【書評キャンパス】大学生がススメる本のその他の記事
【書評キャンパス】大学生がススメる本をもっと見る >
文学 > 外国文学 > 英文学関連記事
英文学の関連記事をもっと見る >