三体 書評|劉 慈欣(早川書房 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年12月27日 / 新聞掲載日:2019年12月20日(第3320号)

三体 書評
変幻中国から科幻(SF)中国へ
巨大覇権国家となった中国の発展に見合った文学の動向

三体
著 者:劉 慈欣、立原 透耶
翻訳者:大森 望
出版社:早川書房
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今年の話題はまず劉慈欣のSF『三体』(大森望他訳、早川書房)だろう。文革や二一世紀中国を物語背景に、ナノテクノロジーや粒子加速器、果ては宇宙生命体にまで想像が膨らむエンターテインメントとして多くの読者を惹きつけた。現代科学と中華文明という組み合わせは、かつて一九七〇年代に台湾の作家張系国が実践を始めていたが、ここ数年中国のSF作品が脚光を浴びるようになったのは、中国系アメリカ人作家ケン・リュウの『折り畳み北京』や『紙の動物園』(いずれも早川書房刊)などが読者層を開拓したことが大きいだろう。今年もケン・リュウの『母の記憶に』、『草を結びて環を銜えん』(いずれも古沢嘉通他訳、早川書房)が刊行され、人気を博している。中華文明と現代テクノロジーは実に親和性があり、悠久な歴史の神秘性と未来に繋がる現代科学という楽観主義から、変幻中国が科幻(SF)中国へと変身することは容易に想像できる。

ただ別の見方をすれば、それは政治・経済・軍事の面でアメリカに対抗する巨大覇権国家となった中国のテクノロジー発展に見合った文学の動向と見ることもできる。舞台が現代中国でも、その矛盾に満ちた社会体制はスター・ウォーズの帝国軍のような前提のない覇権勢力と同じで、特に深い意味がないからだ。そもそもこうした消費されるエンターテインメント小説から、人権が抑圧される中国の厳しい現実を読み解く必要があるのかどうか。テクノロジーの発展が進歩とは言えない未来中国の監視社会を描いた王力雄『セレモニー』(金谷譲訳、藤原書店)も、エンターテインメントである点では『三体』と共通している。ミステリー小説の陸秋槎『雪が白いとき、かつそのときに限り』(稲村文吾訳、早川書房)や雷鈞『黄』(稲村文吾訳、文藝春秋)も、現代中国社会が迷宮のように謎解き小説の背景化しているのは同じである。

一方、消費され得ない作品の中にも注目すべき小説が見られる。余華と並んで海外でも評価の高い閻連科の『黒い豚の毛、白い豚の毛』(谷川毅訳、河出書房新社)は、農村のエイズ問題を扱った『丁庄の夢』(河出書房新社)を彷彿とさせる農民社会の細密画のような短編を集めている。また余華や閻連科と共に今年イギリスのブックメーカーでノーベル文学賞受賞予想の上位にランクした残雪の小説の復刻版も白水社から刊行されている。更に抗日戦下の南京陥落を国民党軍人の眼差しから描いた阿壠『南京』(関根謙訳、五月書房新社)も貴重な翻訳である。

台湾文学でも今年はヒット作品が出ている。主に一九七〇―八〇年代生まれの台湾作家の日本旅行記を集めた『我的日本』(白水紀子他編訳、白水社)は、どのような眼差しで日本社会の何を見たのか、新鮮で驚きに満ちた発見の旅を記録している。その社会に生きる者にとっては何気ない日常から、人間や自然や歴史の深部を見通す鋭い視点がふんだんに散りばめられたアンソロジーである。この他、台湾近代史を大陸からの移民史の視点を導入して描いた陳耀昌『フォルモサに咲く花』(下村作次郎訳、東方書店)は、押し寄せる一九世紀欧米列強や帝国日本、圧力を増す清朝に抗しながら自らの歴史を歩んだ台湾の人々に寄り添う大河小説である。また著者が刊行後に自死を遂げたことで台湾社会を震撼させた林奕含『房思琪の初恋の楽園』(泉京鹿訳、白水社)は、少女が慕っていた教師に強姦される衝撃の実話に基づく小説である。(やまぐち・まもる=日本大学教授・中国語圏文学)
この記事の中でご紹介した本
三体/早川書房
三体
著 者:劉 慈欣、立原 透耶
翻訳者:大森 望
出版社:早川書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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