ロシア文化事典 書評|沼野 充義(丸善出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年12月27日 / 新聞掲載日:2019年12月20日(第3320号)

ロシア文化事典 書評
挙げきれないほど豊作の年
ロシア現代文学の豊かな土壌が見えてくる

ロシア文化事典
編集者:沼野 充義、池田 嘉郎
出版社:丸善出版
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沼野充義・望月哲男他編『ロシア文化事典』(丸善出版)をまず挙げておきたい。二百を超える執筆者が参加し「近くて遠い国」ロシアを新たに深く掘り下げる大著の刊行は喜ばしい出来事であった。

現代文学では、大家から若手まで十四人の作家のアンソロジー『はじめに財布が消えた…』(ロシア文学翻訳グループ クーチカ訳、群像社)。様々に傾向の異なる短編を通じロシア現代文学の豊かな土壌が見えてくる。イリヤー・チラーキ『集中治療室の手紙』(高柳聡子訳、群像社)は、ベルリン在住のロシア語作家チラーキの鮮烈な会話劇の魅力に触れることのできる戯曲集。『ロリータ/魅惑者』(若島正・後藤篤訳)は、最高傑作とその原型とされる作品のロシア語原典からの翻訳を併録した「新潮社ナボコフ・コレクション」の最終冊。多面的な顔をもつ巨匠ナボコフの全体像を照らし出す。

アン・アプルボーム『鉄のカーテン』(山崎博康訳、白水社)等、冷戦終結三十年にあたり革命やソ連、それに関わった人々を考える出版も多かった。ソロモン・ヴォルコフ『20世紀ロシア文化全史』(今村朗訳、河出書房新社)は、文化と政治の相互作用の観点から幅広いジャンルを網羅しソ連文化を通史的に記述する大作。多極化した世界に新しい秩序が見えない今、小泉悠『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版)は「ロシアの論理」を理解する上で必読の書か。評伝ではウィリアム・トーブマンの『ゴルバチョフ』(松島芳彦訳、白水社)が、謎に満ちた指導者の実像に迫り読み物としても面白い。ウラジーミル・アレクサンドロフ『かくしてモスクワの夜はつくられ、ジャズはトルコにもたらされた』(竹田円訳、白水社)は、十九世紀末から二十世紀初頭にかけての激動の世界史と、その奔流の中で自由を求め遍歴した「黒いロシア人」興行師フレデリックの生き様に引き込まれる。

研究書も力作が揃った。高橋知之『ロシア近代文学の青春』(東京大学出版会)は、ロシア近代文学の勃興期である一八四〇年代をめぐる構図を刷新し、ロシア文学史・思想史に新たな系を提示する意欲的論考。松原広志『ロシア・インテリゲンツィヤの運命』(成文社)は、同著者による『監獄と流刑』(成文社、二〇一六年)と共に、ナロードニキ主義の社会思想史家イヴァーノフ=ラズームニクの思想と現代的問題の結節点が垣間見えて意義深い。河村彩『ロシア構成主義』(共和国)は、「ロシア構成主義」の理論から実践まで含めた全像を鮮やかに論じている。巽由樹子『ツァーリと大衆』(東京大学出版会)は、帝政ロシアに新興中間層=大衆が成立し文化を変容させた道程を炙り出して、近年関心が高いメディア論の中でも特筆すべき一冊。栗生沢猛夫『イヴァン雷帝の『絵入り年代記集成』』(成文社)は、六十点を超える細密画と明晰な論考が開く、先入見を破る躍動感に満ちたロシアの中世世界に驚かされる。

挙げきれないほど豊作の年を振り返って特に興味深く思うのは、ザミャーチン『われら』(松下隆志訳、光文社)等古典の新訳である。ゴーリキー『二十六人の男と一人の女』(中村唯史訳、光文社)は、作家一流の高い抒情性と会話の妙を余すことなく伝える日本語訳、および解説が秀逸。ロシアでも政治的・歴史的面から語られることの多いゴーリキーだが、力強い台詞が印象を残す『どん底』(安達紀子訳、群像社)と併せて、文学として色褪せないその魅力を改めて感じた。(たかだ・えいすけ=京都大学非常勤講師・ロシア文学)
この記事の中でご紹介した本
ロシア文化事典/丸善出版
ロシア文化事典
編集者:沼野 充義、池田 嘉郎
出版社:丸善出版
「ロシア文化事典」は以下からご購入できます
「ロシア文化事典」出版社のホームページはこちら
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