ヴィクトリア女王 書評|リットン・ストレイチイ (冨山房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年1月4日 / 新聞掲載日:2020年1月3日(第3321号)

稀有な女性の一生を描く、 唯一無二の伝記作品

ヴィクトリア女王
著 者:リットン・ストレイチイ
出版社:冨山房
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平成天皇の退位と令和改元を迎え復刊となった本書は、〈上皇陛下が皇太子時代に、前例のない民間からの皇太子妃候補になられた、正田美智子様に贈られた本〉である。  原書は一九二一年に刊行され、現在まで約一〇〇年の時を経ている。それにも拘わらず、この伝記は全く古びていない。訳者による解題によれば、作者はこう記している。「……適当な簡潔さ(略)、これはたしかに伝記作家の第一の義務である。これに劣らぬ第二の義務は、自分自身の魂の独立を保つことである」

そのようなわけでヴィクトリアは、その誕生から〈さして華やかでない状況のもとに生を享けたので、この女の子はあまり世の注意を惹かなかった〉と赤裸々に描き出される。父のケント公に至っては〈散歩に行き、足を濡らした。帰宅しても、つい靴下を替えなかった〉がために、女王誕生から数ヶ月後に、肺炎で亡くなっている。

癇癪持ちで頑固で、皆から崇拝されスポイルされている幼年のヴィクトリア。一方、女王になるという運命を前に「良い人になるようにしますわ」と言った、自恃心と謙譲心厚き十二歳のヴィクトリア。「適当な簡潔さ」が伝記作家の義務だと語る著者は、物語にとって重要な細部の描写を欠くことはない。

興味深い場面は枚挙にいとまがないが、例えば姫が母親にする「女王として最初のお願い」は、「私を一時間ばかりひとりにしておいてください」だった。娘が女王となった生涯のクライマックスに母親は〈ゼロに等しくなってしまった〉のだ。

宰相・メルボン卿との蜜月。その執着は、対するトーリー党の指導者を断固受け入れず、熱烈に卿を求め復職させるほどのものだった。神秘の霧深く秘されているべき女王の、あまりに人間的な振舞いを、辛辣に、諧謔に満ちて描く伝記に、読者は引き込まれていく。

その後結婚により、幸運な場所へ導かれるヴィクトリア。当初、敢然と抵抗を示した結婚であったが、ひとたび夫に会って、彼女は恋に落ちたのだ。夫・アルバートは、メルボン(政治面)、レーツェン(生活面)という権力に打ち勝ち、剛毅な女王をも恋の力で屈服させ、イギリスの発展に多大なる貢献を遺した。だが「自分の個人的存在を妻の存在のうちに投じ去ってしま」った人は、多くを手に入れてなお満たされず、三十八歳の若さで世を去る。ヴィクトリアは、国民から不興を買うほどの長い間喪に服し続け、生涯夫の意志に従順だった。

こうした女王を巡る、緻密で興味深い人生の描写は、日記や手紙、覚書や口承を元に描かれている。著者は女王一人のうちに、時と場合と相手によって、相反する心理や機微の顕れるのも余さずに描く。レーツェン男爵夫人、叔父のベルギー王レオポルド、母のケント伯爵夫人、メルボン卿、アルバート公、パーマストン、グラッドストン、ディズレーリといった宰相たち、従僕のジョン・ブラウン……ヴィクトリアと彼らとの間には、生ぬるい感情はないようにみえる。ほとばしるような愛か、さもなくば怒り、断絶……。一見すると個人的な好悪の情にも思える。ただ、ジョン・ブラウンに纏わって書かれる彼女の言葉に注目したい。息子や大臣の言うことに従がうのでは、「自分の独立」を失ってしまう。一方で「支配一点ばりの単調な日々は心に重」く、なにかに縋りたい気はある、と。著者は、こう記す。「彼女の真実さや純真さや溌溂たる情緒やその奔放な表現」、「ヴィクトリアに対する者に深い感銘を覚えさせ、魅力を感じさせ、あるいはばかばかしく覚えさせるものは、ひとしく彼女の誠実であった」と。

大英帝国全盛期に六〇年以上に亘り君臨した、全生涯を女王として、同時に自分自身として生きた稀有な女性。この時代の、この作家にしか書き得なかった伝記によって、我々はいま、彼女と出会うことができるのだ。
この記事の中でご紹介した本
ヴィクトリア女王/冨山房
ヴィクトリア女王
著 者:リットン・ストレイチイ
出版社:冨山房
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