オーバーストーリー 書評|リチャード・パワーズ(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年12月28日 / 新聞掲載日:2020年1月3日(第3321号)

オーバーストーリー 書評
あなたを呼ぶ物語
パワーズによる、世界創造の福音

オーバーストーリー
著 者:リチャード・パワーズ
翻訳者:木原 善彦
出版社:新潮社
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 「初めに無があった。次に万物があった」──冒頭の一行で、『オーバーストーリー』は旧約聖書「創世記」第一章を書き換え、同時に新約聖書「ヨハネによる福音書」第一章第一節「初めに言があった」をパロディ化せんとする。これは、世界創造の福音を語り直すぞ、という著者リチャード・パワーズによる小説の方向性の明示であり宣言であるが、そこで語られるのは一人の救世主の物語ではない。続く第二行目はこうだ──「そして、夕暮れ時をすぎた西部の都市を見下ろす公園に、上空からメッセージが降り注いでいる」

時代や場所を超えた一見して交わることのない複数の物語が並行して語られ、後半でそれが一つに収束していく叙述形式を「より縄形式」と呼ぶのであれば、リチャード・パワーズは現代アメリカ最高の「より縄形式」の書き手である。十二本目の長編小説であり目下の最新作『オーバーストーリー』において、パワーズは物語の「縄」を「樹」へと還すことで、このスタイルを 急進的ラディカルに極めてみせる。物語は教えてくれる、「ラディカル」という英語はラテン語の「根」に由来する、と。

「根」と題された本書第一部では、七つの物語と九人の人物が語られる。菩提樹に救われたベトナム戦争帰還兵、栗の木の写真を相続するアーティスト、オーバードーズで死にかける学生ヒッピー、アカデミアから追放された樹木の声を聞く学者、世界創造のゲームを作る車椅子の天才プログラマー、心では愛し合いながらも身体では満たされない夫婦──。彼ら彼女らは、それぞれ様々な出自を持つが、各々の物語のなかで何らかの形で樹木に「呼ばれる」。英語の「Callingコーリング」とは、「天職」そして神による「召命」という意味を持つ。そのようにして、十九世紀南北戦争より語り始められた「根」の物語は、第二部「幹」で地上に顔を出しぐんぐんと高く伸びていく。本書タイトル「オーバーストーリー Overstory」とは、「林冠層」という森林用語で、森の上部にて樹冠が連続している部分を差す。『オーバーストーリー』は形式だけでなく、物語それ自体が樹木であり森そのものだ。その森は豊かな風に揺られながらこう歌う、「あなたはこの話を聞かなければならない」と。

リチャード・パワーズは過去に遺伝子工学や脳神経、同時代の児童虐待言説等、常に最前線の事象を小説のテーマとしてきた。今現在、自然環境をラディカルに守るということは、資本主義に抗うことを、人間世界の現行システムを打破することを意味する。ゆえに、物語は第三部「樹冠」でついに二十一世紀へと突入し、九・一一同時多発テロとウォール街占拠運動へと至って、私達の生きる現在を突き刺す。

異常気象が続いた二〇一九年の日本に生きる私達は、気候変動が差し迫った目の前にある危機であるということを、肌身を持って知っている。パワーズはリベラルな知識人であり、作家とは知的好奇心を持った観察者に過ぎないのかもしれないが、本書の持つ凄まじい熱量にふれると、パワーズその人もまた、「呼ばれた」としか思えない。現実の気候危機対策が上手く機能していないように、アメリカ最古の原生林を守ろうとする本書の闘いは失敗続きだ。しかし、苦難に陥る度に「これは決して終わらない」という言葉が本書でリフレインされる。物語は大木となり、最終部「種子」で未来へと託される。これは、この本は、決して終わることのない、呼びかけ続ける生命の樹だ。今度はあなたが、この小説に呼ばれる番だ。
この記事の中でご紹介した本
オーバーストーリー/新潮社
オーバーストーリー
著 者:リチャード・パワーズ
翻訳者:木原 善彦
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
「オーバーストーリー」出版社のホームページはこちら
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