青い秋 書評|中森 明夫(光文社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年12月28日 / 新聞掲載日:2020年1月3日(第3321号)

青い秋 書評
未成熟のまま
初めて「自分の歌」を歌った中森明夫

青い秋
著 者:中森 明夫
出版社:光文社
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青い秋(中森 明夫)光文社
青い秋
中森 明夫
光文社
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 「新人類」や「異端」だった人の回想が相次いだ。

中森明夫の自伝小説『青い秋』が、島田雅彦の自伝小説『君が異端だった頃』を追うように発売されたのだ。単行本化は島田が先になったが、連載開始は中森のほうが早い。バブルに向かう世相で起こったニューアカ・ブーム、その磁場のなかで追い風を受け、時代の寵児として舞い上がった人物ふたりの自伝が同時期に出たわけだ。

総括したい年頃?

中森も島田ももうじき還暦である。六十歳というのは、人生に一旦の区切りをつける目安の頃合いであるという理由はあるだろう。

文化を振り返る節目としても、四十年というのは悪くない時宜だ。二十歳前半という若さで同世代の他の連中より早く世に認められ、八〇年代という新しい時代の旗手として脚光を浴びた彼らにとっては、成人以後の人生すべてがすなわち文化みたいなものであるのだからなおさらである。

これまでライター・評論家として、与えられたお題で「他人の歌」を歌ってきた自分が、この小説で初めて「自分の歌」を歌った。だが結局、世代の歌や時代の歌になってしまった。本書をめぐるインタビューや手記で中森はそう話している。「これが書き手としての中森明夫の宿命なのかな?」とも。

特定の人物や主題を扱った短篇を並べた連作のかたちを採っており時系列は入り乱れている。結果的にかもしれないが、この構成のおかげで、自伝にありがちな単調さに陥ることなく、物語は起伏と精彩を獲得している。実名、仮名を混在させているものの秘匿する意図は薄く、誰が誰であるか、ちょっと調べればだいたいわかるだろう(だから以下は実名で書いてしまう)。

潮臭い街が大嫌いだった三重県の実家から逃げだし十五歳で上京。街で声を掛けられて(!)ライターになり、同世代の仲間たちとミニコミを作り、「新人類の旗手」とメディアに祭り上げられる。岡田有希子の自殺に衝撃を受け、「おたく」の命名者として宮崎勤事件に巻き込まれる。後藤久美子や宮沢りえといった美少女たちと仕事を通じて仕事以上の関わりを築き、ギョーカイの胡散臭い人たちと交遊する。

八〇年代の狂騒がメインの舞台だ。どうしたってきらびやかになってしまうというのに、中森の筆致には諦念がつきまとっている。


一度も結婚しなかった。妻も子供もない。持ち家も財産もない。両親ともとっくに死んでしまった。たった一人だ。

私は成長できなかった。成熟を果たせなかった。ずっと青いままに年齢だけを重ねてしまった。


成熟しないまま人生の秋を迎えてしまった者。「青い秋」とはそういう意味だ。

「若かった頃の愚行、恥辱、過失の数々を文書化しておくことにした」と自虐めかして締めつつも、文面には泰然たる余裕が漂う島田雅彦の自伝小説とはまったく対照的である。

同じ時代を同じ長さで生き抜いてきた中森と島田。残すことになるものの大きさは比較できないけれど、このコントラストはなかなか身も蓋もない。作中で篠川実信(=篠山紀信)が言う言葉を借りれば中森と同じ「河原者」である評者には苦い一冊だった。
この記事の中でご紹介した本
青い秋/光文社
青い秋
著 者:中森 明夫
出版社:光文社
以下のオンライン書店でご購入できます
「青い秋」出版社のホームページはこちら
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