試される民主主義 上・下 20世紀ヨーロッパの政治思想 書評|ヤン=ヴェルナー・ミュラー(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年1月11日 / 新聞掲載日:2020年1月10日(第3322号)

試される民主主義 上・下 20世紀ヨーロッパの政治思想 書評
貴重なメッセージを含んだ大著
わが国の民主主義の現状を打開するために

試される民主主義 上・下 20世紀ヨーロッパの政治思想
著 者:ヤン=ヴェルナー・ミュラー
翻訳者:板橋 拓己
出版社:岩波書店
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民主主義とは「人民の支配」を意味するが、人民をどのようにとらえるかによって、民主主義の在り方も変わってくる。本書は、現代における民主主義と人民との関わり合いを『ポピュリズムとは何か』で問うた著者が、20世紀における民主主義の思想と実践を中心にして、数多くの思想家や政治家を取りあげながら、東西ヨーロッパにおける政治思想の展開を壮大なスケールで考察した、骨太の書である。本書は、6章構成で、1~3章において第一次世界大戦から戦間期までを、4~6章において第二次世界大戦後から冷戦終了までを対象とし、前半では「新しい人民をつくること」に力点が置かれていたが、後半では、逆に「現存する人民を抑制すること」に主眼が置かれていたとして、20世紀ヨーロッパ民主主義の変容を鮮やかに描き出している。

1章「溶融した大衆」では、第一次世界大戦後ヨーロッパの大衆民主主義が取り扱われる。第一次大戦は、多民族国家であった四帝国の崩壊、楽観的自由主義の没落と共に、総力戦であったことから、国家権力の増大と、その権力を利用して発言権と資源の配分を要求する新しい人民、すなわち大衆の登場をもたらした。しかも、国家は、民族自決の原則に基づき、諸民族を積極的に一つの国民に作り変えることにより、国内に「溶融した大衆」を生み出した。この大衆民主主義状況を前にして、国家の脱神秘化による官僚制の肥大化と個人の自由の喪失について警告を発するとともに、ロシア革命の「プロレタリア独裁」の主張も官僚制の強化につながると批判した、ウエーバーの政治認識が取り上げられる。彼の「鉄の檻」に関する警鐘は本書の通奏低音でもある。第2章「大戦間の実験」では、この「溶融した大衆」を人民へと形成するための方法として、ギールケ、バーカー、コール、ラスキなどの集団的多元主義の試み、社会主義とナショナリズムの統合により大衆を民族的文化共同体へ統合するオストロ・マルクス主義の試み、ファシズムへの対抗策として「下からの統一戦線の形成」というグラムシの試み、労働者と農民、都市と農村との結合をはかり福祉国家を拡大するスウェーデンの試みなど人民形成の様々な実験が示されている。また、ルカーチとブロッホを取りあげ、農民を獲得し新しい人民としてのプロレタリアートを創出し、新しい国家を建設しようとするロシア・ソビエトの試みが、「終わりのない暴力の連鎖」としてのスターリニズムをもたらすプロセスをも考察している。第3章「ファシストの主体」では、ファシズムの「革新」として、「理論と感情を融合し、権力行使のための新しい公的正当化の手段を生み出した」点や、「魅力」として「時代の課題への説得力のある実際的な回答」を提示した点を指摘しながら、ソレルを取りあげ、ファシズムが階級闘争を国民闘争へと転換し、指導者と人民の合一をはかったことや、ジェンティーレを取りあげ、階級闘争を終わらせるために社会主義と資本主義の最良の部分を組み合わせた「中間の道」としてのコーポラティズム、全体国家論について考察している。

第4章「再建の思想」では、ファシズムのような「無制限の政治的ダイナミズム、抑制の利かない大衆、抑制をまったく欠いた政治主体」の経験から、人民主権に不信感を抱き、第二次世界大戦後の西ヨーロッパにおいて作り出されたのが「高度に抑制された形の民主主義」「制約された民主主義」であったこと、そして、唯一の前衛党が社会主義的人民を作り共産主義のコミューン国家へ導くという「人民民主主義」を拒否した西ヨーロッパでは、道徳的再生として「戦後最も主要なイデオロギー上の革新」と評価する「キリスト教民主主義」が成立し、福祉国家やEU統合を成し遂げたことを明らかにしている。「真ん中にいて統治し、左派の政策を右派の手段で追求する」という手法は、「エリート間の合意という技術官僚的行政手段に依拠」するものであったことから、この安定・安全・科学的な「制約された民主主義」は、「福祉国家の形成は必然的に全体主義の道をたどる」と主張するハイエクなどの批判を受けるが、過去の帝国主義を否定し脱植民地化を行うことでEU統合へと向かったこと、東ヨーロッパでは、「新しい階級」としての技術官僚者支配に対して「社会主義的合法性」を手掛かりに民主化が試みられるが、ハンガリー動乱やプラハの春は失敗に終わったことを考察している。第5章「異議申し立ての新時代」では、「制約された民主主義」を「非合理的民主主義」(ドゥチュケ)、「抑圧的寛容」(マルクーゼ)として反対する西側の68年運動を取りあげ、この運動は、「議会外反対派」の結成にみられるように、政党間の妥協や労使間の妥協を通じた「合意の政治」による「社会内平和と民主的参加の幻想」を打ち破り、市民の直接参加の要求を突きつけたが、社会的基盤を欠いていたために失敗したこと、にもかかわらず、社会文化批判の一形態、「文化的反乱」「日常生活の革命」として成功したと指摘する。とりわけ、「第二波フェミニズム」登場の意義を高く評価する。第6章「反政治、そして歴史の終わり?」では、「余りに多くの人々が、余りに多くの事柄を統治から得ることを望んでおり、その結果過剰なまでに統治に参加することを望み、そのことが国家運営をかつてなく困難にしている」という「民主主義的うねり」への懸念を示した「民主主義の危機」報告を受けて、「技術者支配的で政策志向的な知識人」の役割に期待するルーマンと生活世界・市民社会を擁護しようとするハーバーマス、強い国家を目指すハイエクやオークショットと啓蒙に関して対立しているが新自由主義に反対し自律・自治の理想を共有するフーコーとハーバーマスなど当時の活発な論争を取りあげ、西側の民主主義状況を鋭く診断している。他方、東欧革命では、反体制派が労働者の支配を額面通り実現させる「社会主義的合法性」戦略と、統治機構の制度と並行して、憲章77や市民フォーラムなどの「反政治」組織を作る「並行国家」戦略を取ったこと、中でも、その主体が「単一のものとして統一された、集合的かつ自己決定する主体としての人民(ザ・ピープル)」ではなく「市民・民衆(ピープル)」であった点を挙げ、東欧革命が「大文字の革命に対抗する小文字の革命」であったと指摘する。しかし、「歴史の終わり」と称されるこの革命において市民・民衆が手にしたものは、西側で激しい批判にさらされた「制約された民主主義」であり、「20世紀を通じて提起された数多くの民主主義の理想には程遠いもの」でしかなかったとして、現代民主主義の位相を透かして示している。
著者は、ポピュリズムとテクノクラシーという両極端の中間にあって、その内容と存在が不確かとなっている民主主義の現状に対し、「多種多様な勢力が同一の政治空間を共有していることを重視する共通理解」、「共有される経験としての民主主義」、すなわち、「失われた宝物」(H・アレント)としての「自由の新たな公共空間」を探求していくことの必要性を強調している。著者によれば、「民主主義は常に激しく動く過程」であり、「民主主義の様々な条件自体が民主的に変更可能」であるため、「民主主義の形態についても最終的な確実性はない」のであり、したがって民主主義は「制度化された不確実性の一形態」なのである。本書に対して、ヨーロッパ中心部のキリスト教民主主義と周辺小国の多極共存型民主主義との扱い方について異論のあることも承知しているが、本書は何よりも、民主主義のパラドクス、すなわち、民主主義(人民の支配)の名の下に民主主義が葬り去られうるということ、民主主義は、未来に向かって不断に民主化への努力を続けること以外にその生命を保持できないということを随所に示している。その意味において、本書は、20世紀ヨーロッパにみられた様々な民主主義への挑戦を理解するためだけでなく、わが国の民主主義の現状を打開するためにも、貴重なメッセージを含んだ大著である。
この記事の中でご紹介した本
試される民主主義 上・下 20世紀ヨーロッパの政治思想/岩波書店
試される民主主義 上・下 20世紀ヨーロッパの政治思想
著 者:ヤン=ヴェルナー・ミュラー
翻訳者:板橋 拓己
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
試される民主主義 下 20世紀ヨーロッパの政治思想/岩波書店
試される民主主義 下 20世紀ヨーロッパの政治思想
著 者:ヤン=ヴェルナー・ミュラー
翻訳者:板橋 拓己
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
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