夜はおしまい 書評|島本 理生(講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年1月11日 / 新聞掲載日:2020年1月10日(第3322号)

夜はおしまい 書評
生まれながらに背負う罪とは
祈りの気配のごとき余韻、夜明けのイメージを重ねて

夜はおしまい
著 者:島本 理生
出版社:講談社
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夜はおしまい(島本 理生)講談社
夜はおしまい
島本 理生
講談社
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 思えばデビュー以来、作家・島本理生が書いてきたのは様々な「格差」がもたらす「不平等」であり、暴力的なまでの「不寛容」であり、報われることのない「ままならぬ恋」であった。それらのキーワードが「現在」を象徴するものとして喧伝されるずっと以前から、彼女はこの国に横たわる「不穏」をえぐり続けてきた。

島本が描く世界は重く、暗い。それでも多くの読者、とりわけ女性たちの共感を得てきたのは、テーマはもちろん端整で清潔感のある文章、明度の高い描写力によるところも大きい。

作家自身が明かしている通り、収められた四篇のテーマは「罪と罰」、「罪悪感」である。しかも、「人は生まれながらにして罪を背負っている」という「キリスト教の原罪」よりさらに焦点化されているのは、精神科医・斎藤学による「人は根拠もなしに罪悪感を抱き、その大きさに見合った犯罪をやってのける」という言葉であるという。

それぞれに、欲望や攻撃性を孕んだ歪な関係が描かれる。「夜のまっただなか」の語り手であるお嬢様大学に通う琴子は、タレント事務所のマネージャーを名乗る北川に篭絡され金づるにされながらも、自らの劣等感や羞恥心を宥めるために「粗悪でも甘い麻薬が必要だった」として、北川という「毒」を肯定する。

「サテライトの女たち」の結衣は美貌を武器に愛人稼業にいそしみ、冴えない中年や金持ちの道楽息子から毟り取った大金をホストクラブで散財する。だが、本当に感情を向けるべき相手が彼らではなく、信仰に奉仕して裏切られた母親であることに気づき、やり場のない苛立ちを覚える。

グレアム・グリーン『情事の終り』の一節が献じられた「雪ト逃ゲル」では、年上のKに対して嗜虐的にふるまう作家の主人公が、過去の記憶を何度も手繰り寄せながら、「罪悪感」によってしか満たされない欲情の快楽を求める一方で、「赦されたい」と希う思いを晒せない苦悩に追い詰められていく。

彼らの性交の場面はいずれも寒々しく、男側の醜く貧相な肉体ばかりが強調される。そこに、性愛がもたらす甘美さは皆無で、どこまでも冷静な女たちは、自らの「虚」を別のもので埋めていると自覚しながら、罪悪感を快楽に変換させて「痛みと熱」に浮かされることで、一時、苦しみから逃れようとするのだ。

「罰は、罪を犯したから当たるわけじゃない。罪を犯したことそのものが罰なのだ。」(「雪ト逃ゲル」)

彼女たちが犯す罪は、法で裁かれるものではない。では一体誰が、彼女たちを責め、裁き得るだろうか。そんな大きな問いを作者は差し出す。

なぜここまで厳しく、男と女は分断されるのか。なぜこれほどまでに空しい関係性に彼らは身を浸さなければならないのか。そこには、「神」が「男」であるという絶対的な不文律の前に、女が受動的に背負わされてきた一切を文学によって突き付けようとする、作家の覚悟も見て取れる。

「夜はおしまい」というタイトルには、暗い夜が明け、光が射し込むイメージが重ねられている。そして一字空きの余白には祈りの気配のごとき余韻が感じられ、全篇に登場する神父と、トラウマを抱えた女性カウンセラーがそれぞれに抱える傷が「言葉」によって救われる最後の一篇、「静寂」の静かな幕引きへと繋がっていく。

島本理生はこの『夜 は お し ま い』で「純文学を卒業する」と宣言している。果たして、純文学は彼女に見限られてしまったのか。言葉を削ぎ落していく「純文学」から、塑像のように書き足していくエンタテインメントへのシフトチェンジ。次なるフィールドへの道標として挙げている「キリスト教」「海洋学」などのモチーフからどんな物語を紡ぐのか、心待ちにしたい。
この記事の中でご紹介した本
夜はおしまい/講談社
夜はおしまい
著 者:島本 理生
出版社:講談社
「夜はおしまい」は以下からご購入できます
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