和歌の黄昏 短歌の夜明け 書評|島内 景二(花鳥社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年1月11日 / 新聞掲載日:2020年1月10日(第3322号)

和歌の黄昏 短歌の夜明け 書評
通念を打ち砕く鮮烈な日本文学史

和歌の黄昏 短歌の夜明け
著 者:島内 景二
出版社:花鳥社
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 日本の歌は『万葉集』に始まり、今日へ続く。千三百年後の現代人も、古代人さながら五七五七七の定型で歌を詠む。上田敏の訳詩集『海潮音』(明治三十八年)も、西洋の詩を『古今集』『伊勢物語』の歌句を織り交ぜて翻訳した。

古代から変わらない。骨格は確かにそうなのだが、内実は正反対の二つの傾向によって動いてきたと著者は言う。近代の短歌は革命的で、江戸期の優美・温雅の和歌を否定し、『万葉集』に立ち返り「個」の心を高らかに歌った。愛国的な歌も数多く詠まれた。はたしてこれが正統と言えるのか。

歌の歴史を観察すると、『万葉集』が尊重されたのは、本居宣長の創始した国学が流布したときからだ。平安~室町時代の八百年ほどは殆ど顧みられず、『古今集』『伊勢物語』『源氏物語』を絶対の古典と仰ぐ「古今伝授」が貴族・武士層に行なわれていた。江戸時代の地方藩主も都の貴族歌人を師として「古今伝授」の学習と詠歌の稽古に励んだ。

応仁の乱のさなかも「古今伝授」は続けられた。むしろ、その頃が最も盛んだった。『源氏物語』は、『古今集』『伊勢物語』を継承し、中国の詩文・印度の仏教思想をたっぷりと吸収している。だが少しも模倣に陥らず、立体的に取り込んで日本独自の芸術世界を創り上げている。和・漢・梵の異文化を統合する、柔らかく、巧みな文化意志こそ日本の精神である。その根底に「調和」「平和」を求める祈りが籠もっている。それは平安初期に成立した『古今和歌集』以来の伝統なのだった。

正反対なのは何か。本居宣長が大成した国学である。黒船が来航する頃、西洋・東洋の国々を念頭に、日本の国の姿をくっきりと示して見せる必要が生じた。宣長は北村季吟の『湖月抄』を根底から批判し『源氏物語』の解釈を一新した。そこで説かれた「もののあはれ」論は、『万葉集』の直截な歌を評価し、その流れが土台となって正岡子規・与謝野鉄幹・晶子らの近代短歌が生まれた。

私たちはこれを近代の夜明けと評価するのだが、反伝統でなくして何であろう。日本の正統文化を正しく継受していない。著者がそう言うからには、文学史の通念を覆す、まったく新しい歌の歴史を構築してみせるほかない。それが本書である。

一例をあげる。男歌を詠んだ鉄幹は『万葉集』の血を引く国学的歌人だろうか。彼の詩歌集には『伊勢物語』をふまえた情感表出が頻出する。アララギ派の斎藤茂吉にも『古今集』をふまえた歌が多い。子規が『古今集』を否定し、そこから明治の新短歌が生まれたと言われているが、内実はかなり異なる。樋口一葉、森鷗外、石川啄木、北原白秋、与謝野晶子、佐佐木信綱、若山牧水、原阿佐緒、島木赤彦、伊藤左千夫なども、古くさい通念・評価が解凍され、誰も知り得なかった歌の本流が跡づけられている。

本書は、三島由紀夫の『日本文学小史』と強く響き合う。著者は優れた文学研究者で歌人であるが、その師・塚本邦雄への鎮魂の思いもこめられている。
この記事の中でご紹介した本
和歌の黄昏 短歌の夜明け/花鳥社
和歌の黄昏 短歌の夜明け
著 者:島内 景二
出版社:花鳥社
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