連載 ファスビンダーによる「社会派」映画   ジャン・ドゥーシェ氏に聞く 136|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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ジャン・ドゥーシェ氏に聞く「映画/映画作家/映画批評」
更新日:2020年1月14日 / 新聞掲載日:2020年1月10日(第3322号)

連載 ファスビンダーによる「社会派」映画   ジャン・ドゥーシェ氏に聞く 136

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山形国際ドキュメンタリー映画祭にて審査委員長を務めた際(1991年)

HK 
 「ファスビンダーは、自分の映画をも引用することがたくさんあった」と言われました。ドゥーシェさんが、ヒッチコックに関して言うように、偉大な芸術家は自分の作品のリメイクを続けるということですか。
JD 
 偉大な芸術家というものは、自身の持つテーマについて、自身の芸術について、考えを巡らせるものなのです。葛飾北斎を例にしましょう。彼が、あの有名な波の版画(『神奈川沖浪裏』)に到達するためには、何度も同じ構図の版画を繰り返さなければいけませんでした。最初の頃の波の画を見ても、そこそこのできであることは感じられます。しかし、彼があの素晴らしい波を完成させるためには、そこから三〇年以上の年月が必要でした。歌麿に関しても同じことが言えます。彼が、自身の持つ女性像にたどり着くためには、長年にわたり同じテーマに立ち戻る必要があったのです。それが、まさしくヒッチコックの行なっていたことです。無声の時代のヒッチコックは、自分でも何をするべきかよくわかっていませんでした。
HK 
 後期の作品にはない自発性がある、とも言われていますよね。
JD 
 もしそのように言いたければ、そのように言ってもいいです。しかしながら、無声の時代のヒッチコックでは、溝口やルノワールに肩を並べることはできません。彼は、自身の映画に何度も立ち戻ることによって、晩年になる程、作品を洗練させていくことができたのです。
HK 
 偉大な映画作家は、晩年になるにつれて、より美しい作品を生み出しているという考え方ですね。
JD 
 まさしくその通りです。
HK 
 ファスビンダーにも似たことが言えると思いますか。
JD 
 彼に関しても同様です。『ベロニカ・フォス』は、彼の遺作の一つ前の作品です。そして、私はこの作品こそが、ファスビンダーの最も素晴らしい傑作だと思います。当然のように、他の作品も、最初期から非常に面白いものばかりです。偉大な映画作家に関して言えば、傑作ではない作品であっても、世の中にある大半の映画作品より面白いものなのです。
HK 
 繰り返しというテーマで思い出したのですが、ファスビンダーはジャニス・ジョップリンの音楽(『ミー・アンド・ボビー・マギー』)でも、同じフレーズばかり強調しています。「自由とは、ただ失うものが何も残ってないということよ。自由でなければ、何でもないわ」(Freedom’s just another word for nothing left to lose. Nothing,it ain’t nothing honey,if it ain’t free)という一節です。『アレクサンダー広場』や『シアター・イン・トランス』のような、後期の作品で繰り返されます。これは一例にすぎませんが、ファスビンダーの作品において、自由というものも大きなテーマになっていたように感じます。
JD 
 私は英語がわからないので、そのようなことが歌われていたのは知りませんでした。しかしながら当然のように、ファスビンダーの映画は自由を問題としています。人間と社会の関わりについての作品を作り続けていたのです。つまり、社会のあらゆる規則の中に置かれた人を問題としていました。そのような規則とは、同性愛に対するタブーでもあり、社会の押し付ける法であったのです。規則を作り出すものとは、第一にそれぞれの人間の持つ違いであり、別の言い方をするのならば権力なのです。
HK 
 ファスビンダーとその周囲の映画監督は、七〇年頃の「政治的映画」とは異なり、権力を直接的に非難することはなかったようです。
JD 
 そうです。ファスビンダーにとって重要だったのは、社会そのものを描き出すことだったのです。つまり、社会というものは、必然的に抑圧する側と支配する側を生み出します。しかしながら、私たちはそのような仕組みを意識することはありません。ファスビンダーの行った仕事とは、何よりも、そのような社会を見せることだったのです。彼の映画を知っていれば、ホモセクシャル、移民と恋に落ちる話、戦後におけるドイツの立場など、その当時において、誰も見せることのできなかった問題ばかりを取り扱っています。それでありながら、ファスビンダーは問題を曖昧なまま見せることはありませんでした。彼には、作品を通じて言うべきことがあったのです。

   〈次号につづく〉
(聞き手=久保宏樹/写真提供=シネマテーク・ブルゴーニュ)
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