対日協力者の政治構想 日中戦争とその前後 書評|関 智英(名古屋大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年1月18日 / 新聞掲載日:2020年1月17日(第3323号)

対日協力者の政治構想 日中戦争とその前後 書評
境界的な人々のドラマ
膨大な関連文献を渉猟・駆使し、その姿を浮かびあがらせる

対日協力者の政治構想 日中戦争とその前後
著 者:関 智英
出版社:名古屋大学出版会
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「思想が創造的な思想であるためには、火中に栗をひろう冒険を辞することができない。身を捨てなければ浮かぶことができない」。かつて竹内好は、アジア太平洋戦争の最中にかまびすしく論じられた「近代の超克」にふれ、こう述べている。総力戦においては、肉体だけでなく、精神も動員を余儀なくされる。完全な逃避を決めこむのでなければ、与えられた状況下で、思想を創造しなければならない。それは、きわめてスリリングな企てであり、「抵抗と屈服はほとんど紙一重であった」というのである。

今日の我々は、皇国思想とも重なりあった「近代の超克」論が、何ら実効性をもたず水泡に帰したことを知っている。しかし、それを単に戦時中の空論と切りすててよいものか。竹内は、「近代の超克」の多義的な側面をすくいだし、その思想的可能性を探ろうとしたのであった。

所与の状況をうけいれつつ、思想をつむいでゆく。思うに、その試みは日本人よりも、日本の占領地に身をおいた中国人の方が、より「火中に栗をひろう」度合いは高かったであろう。本書は、そうした日中戦争前後にわたる「対日協力者」の政治構想に光をあてた画期的な著作である。

歴史は、往々にして勝者によってつくられる。最終的に大陸で政権を樹立した中国共産党からすれば、日本の協力をあおぎ、南京に国民政府をうちたてた汪精衛をはじめとする対日協力者は、「漢奸」にほかならず、肯定的な評価がタブーとなった。それは、蒋介石率いる国民党が統治した台湾でも、基本的に同様である。さらに、戦後の日本においても、対日協力者を卑屈な傀儡とみなす立場が支配的であった。しかし、歴史とは本来、善悪で単純に割り切れるものではない。本書で描かれているのは、日中戦争の帰趨が定まらない中、双方の狭間で自らの進むべき道を模索し、投機的に行動した境界的な人々のドラマである。

本書は、一八三七年七月の日中戦争の前夜と直後に焦点をあてた第一部「様々な政治構想」、日中戦争が本格化し、汪精衛政権が誕生する前後を対象とした第二部「現実的な選択へ」、そして一九四一年一二月の日米戦争勃発後をあつかった第三部「日本敗北の中で」と、時系列的に三つに分かれる。それぞれが四章立てとなっており、全一二章で構成されている。

第一部でまずあつかわれているのが、「冀東防共自治政府」を率いた殷汝耕と池宗墨である。冀東防共自治政府は一九三五年一一月、日中両軍の非武装中立地帯である河北省東部に設立された。その設立には、日本軍部の後ろ盾があり、一般に日本の傀儡政権であったと目されている。日中連携を模索した殷汝耕と池宗墨も、のちに漢奸として処刑された。しかし、本書の分析を読むと、両者が日本の意向をやみくもに受け入れたわけでなく、ときに厳しい批判を展開するなど、主体的に行動していたことが分かる。

第一部ではこのほか、満洲事変後に福建の「中華共和国」樹立に関与し、「五族解放」や「大漢国」建国をうたった台湾出身の張鳴、日本軍による呉佩孚擁立工作の基礎となった「日支民族会議」の日本側中心人物である江藤大吉、上海の日本占領地に設立された「上海市大道政府」の市長をつとめた蘇錫文、およびその実質的フィクサーであった西村展蔵など、一般にあまりなじみのない人物がとりあげられている。彼らはいずれも、理想を実現することなく、歴史の闇に埋もれてしまった。こうした無数の人々が満洲事変、日中戦争を奇貨として、社会改造に身を投じた事実を、本書はあらためて気づかせてくれる。

つづく第二部では、日中戦争勃発後、華中の日本占領地に成立した「中華民国維新政府」や、それが発展解消する形で生まれた「中華民国国民政府(汪精衛政権)」を支えた無名の対日協力者による政治構想があぶりだされている。両政府には、「偽政府」「傀儡政権」という烙印が押され、検討に値しないものとみなされてきた。本書はここでも、そうした先入観をうちくだいてゆく。

とくに興味深いのが、第六章で考察されている袁殊という人物である。汪精衛政権を支援する名目で組織された「興亜建国運動」の推進役であった袁殊。彼は、共産党・国民党の情報機関とつながりをもちつつ、日本との連携を画策した。こうした海千山千の者たちが、占領地政権に関わっていたのである。

第三部でも、日中戦争末期に上海の新聞『申報』上で、占領地政策批判など、中国人の声を代弁するような言論活動をおこなった吉田東祐や、汪精衛政権の宣伝部政務次長を歴任し、戦後に日本へ亡命した政論家の胡蘭成と、個性的な人物が考察されている。評者としては、第九章の高山岩男の発言をめぐる論争が大変興味深かった。高山は「近代の超克」を主唱した京都学派の一人である。高山が中国社会に新たな歴史を推進する「道義的生命力」が欠けていると指摘すると、占領地の中国知識人たちは強く反発した。京都学派の議論は、中国人がなぜ、日本と協力する必要があるのかを考える上で、避けては通れないものであった。それゆえに、納得のゆかない京都学派の主張に対し、進んで反論の筆をとったのである。

本書のように、歴史の表舞台から外れた境界的な人々を考察することは、いうまでなく大きな困難がともなう。ましてや、漢奸と断罪された者となると、先行研究はおろか依るべき資料もままならない。そうした中、本書は膨大な関連文献を渉猟・駆使し、彼らの姿を生き生きと浮かびあがらせている。そこからみえるのは、一口に対日協力者といっても一枚岩でなく、実に多種多様であった点である。

本書でとりあげられている人物は、多くの読者にとって聞き慣れない者がほとんどであろう。それを様々なエピソードをまじえつつ、分かりやすく説明する著者の力量は、見事というほかない。日中近現代史の専門家だけでなく、ひろく一般に一読をすすめたい。
この記事の中でご紹介した本
対日協力者の政治構想 日中戦争とその前後/名古屋大学出版会
対日協力者の政治構想 日中戦争とその前後
著 者:関 智英
出版社:名古屋大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
「対日協力者の政治構想 日中戦争とその前後」出版社のホームページはこちら
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