佐藤春夫著『晶子曼陀羅』 珠玉のような最後の章 評者:井上靖 「読書タイムズ」1954(昭和29)年12月5日号|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年1月19日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第119号)

佐藤春夫著『晶子曼陀羅』
珠玉のような最後の章
評者:井上靖 「読書タイムズ」1954(昭和29)年12月5日号

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『晶子曼陀羅』は明治が生んだ天才歌人与謝野晶子を主人公としてその半生を描いたものである。

「巻を措く能わず」という言葉があるが、私は全く文字通り巻を措くことができないで、この一巻を読了した。

佐藤春夫氏は巻末に、読者への手紙としての態度を書き記し、これが晶子伝ではなくあくまで小説であることを主張している。

「拙作の前半に多くの史実を加えてすこし冗長にすぎる程度のも実は後半の虚構を事実らしく錯覚させるために用いたトリックなので――」

と氏は語っている。このあとがきは氏の文学観を知る上に貴重なものである許りでなく、それ自身立派な文学論を為している。

虚構の真実という言葉があるが、まさにそれをこの『晶子曼陀羅』一巻に見る思いである。ここに書かれたものは晶子伝ではないが、晶子という天才歌人は初めてここに佐藤春夫氏の筆に依って生き生きと浮き彫りにされた感じである。

私は読んでいて、随所で佐藤春夫氏の晶子という人間の解釈の卓抜さとゆたかな想像力に眼をみはった。

晶子が夫寛と共にヨーロッパを流浪し、子を思う余りホームシックにかかり、ひとり帰国する最後の章は圧巻である。佐藤春夫氏の筆がのびのびと伸びて珠玉のような一章を形成している。

この小説は周知のように毎日新聞に掲載されたものである。この傑作が新聞小説の形において書かれたということは、いろいろの意味で注目すべきことであろう。(筆者は作家)(講談社刊・二八〇円)
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