フォークナーと日本文学 書評|諏訪部 浩一(松柏社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年1月18日 / 新聞掲載日:2020年1月17日(第3323号)

フォークナーと日本文学 書評
「予言」に対する一つの応答の仕方
フォークナーとの時空を超えた文学的対話

フォークナーと日本文学
著 者:諏訪部 浩一
編集者:日本ウィリアム・フォークナー協会
出版社:松柏社
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 日本のアメリカ文学研究者にとって、1955年は単なる「戦後」の終わりではない。それは、意識しようがしまいが、ほんの数年前まで自分たちの国を占領していた国とこれからどう向き合うかという困難な問いに、否応なしに向き合わなくてはならない時期であった。この時期の世界的な反米感情について推し量ることは容易だ。たとえば、米ソを中心とした核兵器開発競争を非難したバートランド・ラッセル、アルベルト・アインシュタイン、そして湯川秀樹らの声明や、アジア、アフリカの政治的リーダーたちが集い白人中心主義的イデオロギーに異議を申し立てたバンドン会議のことを想起すればよい。ノーベル文学賞の受賞者でありアメリカ南部の代表的作家、ウィリアム・フォークナーが来日し、この国のアメリカ文学研究者の前でお互いの敗戦の記憶と文学の在り方について語ったのは、この年の8月の出来事であった。

諏訪部浩一編『フォークナーと日本文学』は、このときこの作家が語ったこと――すなわち、アメリカ南部と同様に敗戦を経験した日本で、いずれ彼のように普遍的な価値観に訴えかける作家が生まれるだろうという「予言」――に対して、一つの応答の仕方を示している。森鷗外から阿部和重に至るまで、日本近代文学以降の作家群を生まれた年代順に配置しながらフォークナーの諸作品と併せて論じるという本書の視角、しかもそれをアメリカ文学研究者だけで行うという大胆なアプローチは、他に類を見ないし、これからも見られることはおそらくないかもしれない。この論集に名を連ねた研究者たちは、この作家の研究だけではなく日本のアメリカ文学研究全体を代表する論客たちである。それぞれが、小説そのものへの飽くなき探求を通じて、日本人作家たちとフォークナーとの時空を超えた文学的対話を実演している。その緻密さ、濃厚さ、そして迫力を再演できる場所が、いまこの国で他にどれだけあるだろうか。

これを一つの応答の仕方、と述べたのは、当然他のやり方もあり得るだろうという根拠があってのことだ。この論集の寄稿者たちは主に(例外はあるが)、近代と前近代、敗戦とその前後、日本とアメリカといった諸概念か現実の狭間で生じる葛藤や自意識に焦点をあてる一方で、そのように「内面」に執着する手法こそが、反全体主義的なアメリカ文化冷戦の特徴であり、フォークナーがそのエージェントの一人であったことは詳述していない。アメリカ合衆国中央情報局の支援により出版された文芸誌『エンカウンター』の1953年の創刊号に、太宰治の私小説形式の短編が英訳され掲載されたことは、いかに日本人の「内面」の奥深くまで当時のアメリカの文化的・政治的影響力が侵食していたかを端的に示す。この雑誌は、別の号でフォークナーの文章も載せたこともある。

作家や登場人物の心の奥底を丁寧に見ようとすればするほど、その行為が知らないうちに反全体主義の表現へと転化するという意味での「意図の誤謬」、そして、そのように強引な還元力を備えた二項対立によって特徴づけられる米ソ冷戦構造に真っ向から立ち向かうことなしに、1955年8月の日本におけるフォークナーへの応答責任を果たしたとは到底言えない。我々はいまもなお、「戦後」の終わりに投げかけられた問いに答えないままでいる。
この記事の中でご紹介した本
フォークナーと日本文学/松柏社
フォークナーと日本文学
著 者:諏訪部 浩一
編集者:日本ウィリアム・フォークナー協会
出版社:松柏社
以下のオンライン書店でご購入できます
「フォークナーと日本文学」出版社のホームページはこちら
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