この世の景色 書評|早坂 暁(みずき書林 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年1月18日 / 新聞掲載日:2020年1月17日(第3323号)

この世の景色 書評
まるでドラマであるかのように
「被爆」「お遍路」……鮮やかに描き出される情景、心理

この世の景色
著 者:早坂 暁
出版社:みずき書林
このエントリーをはてなブックマークに追加
この世の景色(早坂 暁)みずき書林
この世の景色
早坂 暁
みずき書林
  • オンライン書店で買う
 二年前に八八歳で亡くなった脚本家・早坂暁のさまざまなエッセイを編集し直したベストコレクション的な一冊。早坂といえば、その映像がほとんど残っていないことで神話的に語られる、山口崇の平賀源内を主人公とした社会風刺的な時代劇『天下御免』(七一年)、吉永小百合が体内被曝による原爆症で余命宣告を受けた芸者を演じる『夢千代日記』(八一年)、桃井かおりが四国の遍路道沿いの商家の嫁を演じ、昭和の庶民生活を抒情的に描き出した『花へんろ』(八五年)など、他の脚本家には見られない独特の個性を持った作品群で、一定の世代以上には良く知られた作家である。

しかし、本書はそんな早坂の名作テレビドラマに触れた経験がないような若い世代の読者にも充分に楽しめるものだし、そうした名作ドラマのエッセンスが詰め込まれているという意味では、作家理解の手引にもなっているような、実に面白い本だと言えるだろう。

何がどう面白いというのか。早坂は、どんなエッセイでも、まるでそれがドラマであるかのように情景も心理も鮮やかに描き出してしまうからだ。例えば、自ら癌の告知を受けて死を覚悟し、最後のつもりで「青磁展」を見に出かけて上野公園の坂を登りながら、「ふっと」自分は焼けになって青磁の瓶を割ってしまうのではないかと怖くなって帰ってきてしまう話。「ピタリと足がとまった。それっきり、一歩も足が前へ出ない」と劇的な臨場感を持った情景として書かれると、それは後付けではないかと疑いながらも、結局は彼の辛い心情に感情移入してしまうのだ。

あるいはストリップ劇場のコメディアンだった渥美清と浅草の銭湯で初めて出会った場面では、渥美が歯切れのいい声で「よっ、ごめんよ」と湯舟に入ってくると、隅にいた早坂に「兄ンちゃん、逃げてんのかい」と声をかけてきたと書かれると、なんだかそんな渥美のドラマをどこかで見た事があるような気がしてくる。すべてがこんな風にドラマ的な情景として描かれているのだ。

だが、本書の中でもとりわけ重要なのは、彼の代表的ドラマ作品と同様、やはり「被爆」と「お遍路」という二つのテーマになるだろう。まずは被爆。敗戦から八日後、海軍兵学校にいた早坂は、復員列車で帰郷する途中の広島駅で、数百、数千という青白い燐光がポッ、ポッとそこら中に放置された死体群から上がっているのを見たと書く。これほど鮮やかな情景で原爆の惨状を描き出した文章というのもないだろう。

そして「お遍路」。表題にも使われているが、実家がお遍路道沿いにあったために幼年期から数知れず出会い、しかも彼自身が虚弱児童で母親を悩ませていたため他人事ではなかった、お遍路さんたちが歩く痛ましい光景。とりわけ難しい「願」を持っているために、通常とは反対方向で歩くという「逆打ち遍路」の話がとても印象的だ。足が不自由でタイヤを両足に巻き付け、両手だけを使って一周に三年かけて四国を二周して、そのたびに早坂がお米を施したという「悲しみ」に溢れた話は、確かに早坂暁の原風景=「この世の景色」を陰影の濃いものとして私たち読者に印象づけてくる。
この記事の中でご紹介した本
この世の景色/みずき書林
この世の景色
著 者:早坂 暁
出版社:みずき書林
「この世の景色」は以下からご購入できます
「この世の景色」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
長谷 正人 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学 > 日本文学 > 随筆・エッセー関連記事
随筆・エッセーの関連記事をもっと見る >