「少年」「少女」の誕生 書評|今田 絵里香(ミネルヴァ書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年1月18日 / 新聞掲載日:2020年1月17日(第3323号)

「少年」「少女」の誕生 書評
少年少女雑誌と「少年」「少女」は、どう生まれ、変遷したのか

「少年」「少女」の誕生
著 者:今田 絵里香
出版社:ミネルヴァ書房
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 「本書は、少年少女雑誌の誕生と変遷、および、少年少女雑誌における「少年」「少女」に関する知の誕生と変遷を明らかにする。そしてその背景を考える」。本書の序章「少年少女雑誌と「少年」「少女」はどのように生まれてどのように変遷したのか」は、こう始まっている。

著者によると、「近代日本においては、少年少女雑誌が、「少年」「少女」という呼称を人びとの間に広めたといえる。そして、「少年」「少女」に関する知を作りだして、人びとの間に広めたのである」。「その「少年」「少女」に関する知が、今日のわたしたちの「少年」「少女」に関する知につながっていると考えられる」。

たとえば、第八章「都市新中間層の「少年」「少女」からあらゆる階層の「少年」「少女」へ――『日本少年』『少女の友』から『少年倶楽部』『少女倶楽部』へ――」では、次のような議論が展開されている。この章では、実業之日本社の『日本少年』(一九〇六年~一九三八年)『少女の友』(一九〇八年~一九五五年)と、後発誌である大日本雄弁会講談社の『少年倶楽部』(一九一四年~一九六二年)『少女倶楽部』(一九二三年~一九六二年)とのあいだにおける、一九二五年前後の読者獲得競争にまつわる考察がなされている。

一九一〇年代に商業的成功を収め少年少女雑誌界の頂点に君臨した『日本少年』『少女の友』の読者層は、都市新中間層の男子・女子であった。これに対し『少年倶楽部』『少女倶楽部』は、都市新中間層の男子・女子に加えて他の階層の男子・女子を読者としてとりこもうとした。その戦略は成功を収めた。

こうした競争のなかで「少年」「少女」は、都市新中間層の男子・女子に限定されるものではなくなっていく。そして「少年」「少女」は、しだいにあらゆる階層の男子・女子を意味するものになる。

このように少年少女のメディアが『日本少年』『少女の友』から『少年倶楽部』『少女倶楽部』へ変化を遂げたことを、著者は、メディアの「大衆化」の一環として、把握する。メディアの「大衆化」は、一九二五年創刊の『キング』を頂点とする大日本雄弁会講談社の雑誌群や、一九二六年に刊行が始まる『現代日本文学全集』(改造社)を嚆矢とする円本ブームに代表される。「大衆化」の背後には、一九二五年五月に普通選挙法が公布され誕生した、「新有権者」の存在があった。

続く第九章は、「「少年」「少女」から少国民へ――総力戦体制下の少年少女雑誌――」と題されている。『少年倶楽部』『少女倶楽部』は、「少年」「少女」をあらゆる階層の男子・女子を意味する存在に変容させた。さらに、総力戦下において国家は、子どもを「少国民」ととらえた。この「少国民」は、あらゆる階層の男子・女子を意味するものである。ここに著者は、『少年倶楽部』『少女倶楽部』における「少年」「少女」と「少国民」に、共通点を見いだしている。

本書を読み改めて実感するのは、近代日本において雑誌という定期刊行物が、教育制度や大衆社会化・総力戦体制などと関係しあい、今日につながる「少年」「少女」に関する知の形成に多大な影響力を及ぼしたことである。

二〇一九年版の『出版指標年報』(出版科学研究所)によると、雑誌の推定販売金額は一九九七年の一兆五六四四億円をピークに、二〇一六年には書籍のそれをしたまわり、二〇一八年には五九三〇億円となっている。このような時代だからこそ、雑誌というメディアと、読者ひいては社会との関係、さらには人間と活字との関係について見つめなおしたい。そういう思いを新たにさせられた。
この記事の中でご紹介した本
「少年」「少女」の誕生/ミネルヴァ書房
「少年」「少女」の誕生
著 者:今田 絵里香
出版社:ミネルヴァ書房
「「少年」「少女」の誕生」は以下からご購入できます
「「少年」「少女」の誕生」出版社のホームページはこちら
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