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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年1月18日 / 新聞掲載日:2020年1月17日(第3323号)

お金本 書評
「ない」のに「買う」人々
欠如ゆえに何かが生み出される瞬間

お金本
著 者:左右社編集部
出版社:左右社
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お金本(左右社編集部)左右社
お金本
左右社編集部
左右社
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 「はじめに」の言葉を拝借すれば、本書は「作家たちのお金にまつわるエッセイ、日記、手紙などを集めたアンソロジー」である。渋沢栄一(一八四〇年生まれ)から村田沙耶香(一九七九年生まれ)までと、近現代の書き手を網羅し、石ノ森章太郎、つげ義春、魔夜峰央の漫画も収められ、ジャンルも幅広い。一見とりとめのないようにも見えるが、通読すると金銭と人間の深淵を覗く思いがする。

「お金があって仕方ない話」は面白くない。本書に登場するエピソードは、そのほぼ全てが「お金がないことを語る」ものである。中でも、「ない」のに「買う」話が多く登場する。

たとえば、柴田錬三郎。一九四九年頃、貧していた柴田は出版社に原稿料をもらいに行ったが、「予想の五分の一」しか貰えない。それを元手に、食品や日用品を買って帰るとなれば、慎ましい庶民の生活として、数多ある記録の一つになるだろう。しかし、柴田は「ハシタ金をもらった腹立たしさで、帰途、新宿をぶらついていて、とある犬屋で、ひどくなれなれしく、からだをこすりつけて来る柴犬を、衝動的にその原稿料で買ってしまった」。他にも、「ない」のに「買う」人々が印象に残る。吉屋信子が描いた、赤貝の鮨に箸をつける田村俊子、イングリッシュグリーンのジャガーを買う佐野洋子、家計簿に煙草代を書くことをやめた角田光代など。彼らの毅然とした姿は美しい。

本書には金が含み持つ欠如ゆえに何かが生み出される瞬間がいくつも示されている。ないことを語るからこそ、別の見えない何かを語り出せるということ、すなわち、欠如が動力になる瞬間である。

「僕ぐらゐ、いつも貧乏してゐる者はない。(中略)いろく金儲けを考へるが、自分で働かうといふ気がしない」と豪語する直木三十五は、「労働しない者は、食ふな、と、いふ位、下らない説はない」、「人間は働かなくつても喰へるのが本当だ」と続け、資本主義批判を展開しつつ来るべき社会のビジョンを語る。「僕のやつてゐる商売は 今の日本で 一番金にならない商売です」と、金のないことを語る芥川龍之介は、「僕は 文ちやんが好きです。それだけでよければ 来て下さい」とプロポーズする。いずれの場合も「ないこと」を語ることで、「確実に存在する、目に見えない何か」が一層際立つ。

その他、文学を研究する立場として興味深かったものを挙げてみたい。平林たい子「大晦日の夜逃げ」や宇野千代「私の文学的回想記」は、おそらくエッセイに分類されるが、金策と人間の機微をめぐる一篇の小説として読んだ。立原正秋「《早稲田文学》編集後記」では雑誌の存続に関わる編集者の煽りのテクニックが、北杜夫「どくとるマンボウ青春記」には代作の顚末が……と、文学と出版のからくりが仄見えるところも魅力である。

貧すれば鈍する、と言い、それは一面では真理であろうが、本書に鈍する者は登場しない。
この記事の中でご紹介した本
お金本/左右社
お金本
著 者:左右社編集部
出版社:左右社
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