近世貨幣と経済発展 書評|岩橋 勝(名古屋大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年1月18日 / 新聞掲載日:2020年1月17日(第3323号)

近世貨幣と経済発展 書評
近世貨幣流通と経済の実証的な分析
田沼意次の時代を画期として通説の見直しを促す

近世貨幣と経済発展
著 者:岩橋 勝
出版社:名古屋大学出版会
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 近世貨幣のヴェールを剥ぎ取り、貨幣ヴェール観を乗り越える。貨幣にも目を向ける近代経済学と親和的な研究動向が経済史分野にも訪れているが、本書はその流れも意識しつつ、近世日本(江戸時代)における貨幣流通をできうる限り実証的に分析し、近世経済の実態を明らかにする。当該研究を数十年にわたってリードしてきた岩橋勝氏(以下、著者とする)の成果が一冊にまとめられたことは、後学の徒として慶ばしいことである。

近世の貨幣制度は一般に三貨制度と呼ばれる。政府たる幕府が金貨・銀貨・銭貨の三種の金属貨幣を発行・制御したことによる。また高額貨幣の金貨と銀貨は流通圏が大きく列島の東西に分かれているようにみえることから、「東の金、西の銀」と呼ばれる。これらの常識は、本書によって覆される。近世日本の貨幣経済は東西に簡単に分割できるものでもなく、また三貨には依らない地域的な多様性とダイナミズムを持っていたのである。その鍵となるのが、幕府が関与しない紙幣(藩札・私札)と小額貨幣である銭貨の流通であった。

第Ⅰ部は近世日本の経済構造と貨幣との関係を俯瞰的に論じる。なかでも三貨の流通量を数値によって明らかにした点が白眉である。かつて著者が示した物価変動との比較検討を可能にし、経済発展の様相を実証的に分析することに成功した。著者によると、近世後期は小額貨幣の比率が相対的に高かった。小額貨幣を多用する庶民経済の発達が実証されたことになる。

第Ⅱ部は近世紙幣論と題し、藩札・私札流通の実態を解明する。紙幣は主に西日本で普及し、十八世紀後半以降の小額貨幣需要の増加に金属貨幣が対応しきれなかったため、小額面の紙幣が普及したという。市場における小額貨幣の需要の高止まりが、小額面の紙幣が受容され、その価値も維持された大きな要因だった。発行主体が政府でなくとも、媒体に価値がなくとも、貨幣は市場の需要によって流通することを示す好例である。

第Ⅲ部は、小額貨幣たる銭貨流通の実態をさらに掘り下げ、十八世紀後半から主に西日本で登場した銭匁建てという秩序のメカニズムを解明した。銭匁建てとは、実際の取引は銭建てにもかかわらず価格は銀の単位(匁)で表記する方式で、たとえば「銭一匁」というような表記で決済する方法である。西日本各地で銀貨不足を補うため銀建て紙幣(銀札)が発行されたが、銀貨が払底し兌換が困難となって銀札の価値が下がり、庶民経済で主流の銭建ての通貨体系に銀札が飲み込まれ、銭貨とのレートが固定化した(多くは銀札一匁=銭八〇文)。つまり「銭一匁」の「一匁」とは銀貨の額面を意味するのではない(銀貨ではなく銭貨との兌換となる)。こうして紙幣は庶民の小額決済手段として、銭貨需要の増大に伴う慢性的な不足状況を補う役割を果たした。銭匁遣いは十八世紀後半に増えるが、それは庶民経済の発達に伴う貨幣需要の増大と、金属貨幣の供給不足が背景にあったのである。

本書の結論は、庶民経済や地方経済の発展が進む近世経済の転換点が十八世紀後半だったとする。従来は十九世紀前半に画期を置くのが通説だったが、それを見直す議論が促されることになるだろう。すなわち転換点は田沼政治の時代となるが、田沼意次の経済政策が本書の結論とどう関わるか興味がそそられる。小額貨幣は、その生産・維持に途轍もなくコストがかかる代物であったことが、本書を通じて伝わってくる。近年の電子マネーの普及により小銭が不要になることで一番喜んでいるのは、やはり政府なのだろう。
この記事の中でご紹介した本
近世貨幣と経済発展/名古屋大学出版会
近世貨幣と経済発展
著 者:岩橋 勝
出版社:名古屋大学出版会
「近世貨幣と経済発展」は以下からご購入できます
「近世貨幣と経済発展」出版社のホームページはこちら
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