メルロ=ポンティの美学 芸術と同時性 書評|川瀬 智之(青弓社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年1月25日 / 新聞掲載日:2020年1月24日(第3324号)

メルロ=ポンティの美学 芸術と同時性 書評
パンドラの箱を開ける
「見えないもの」としての奥行きを問題に

メルロ=ポンティの美学 芸術と同時性
著 者:川瀬 智之
出版社:青弓社
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 いや、驚いた。またもやメルロ=ポンティの関連文献が出版されたのだ。先日来、本紙から依頼された書評だけでも、もう三冊を数えることになる。どうやら、一九六一年に亡くなったこの哲学者の影響力は、むしろ今頃になって、ようやく表面化してきたのかもしれない。

東京芸大で教鞭をとる川瀬智之氏は、本書で「メルロ=ポンティの美学」に、とりわけ「奥行き」の側面からアプローチしている。といっても、単なる絵画の遠近法や空間表象の種々を論ずるのではなく、それらを可能にする奥行き、現在見えているものを見えるようにしている「見えないもの」としての奥行きを問題にするのである。

私たちの知覚には「図‐地」構造が欠かせない。図は単独で図となることはなく、常に「地の上の図」として現われるほかはない。私たちが図を見る時にはいつでも、地が「見えないもの」として、この知覚を支えている。とすれば、私たちが見るということは、常に「図‐地」のはざまを見ているということでもあるだろう。この「はざま」が「現在」であり「奥行き」でもあって、メルロ=ポンティ自身から引用すれば、こういうことになる。


ありのままの一つの色や一般に一つの見えるものは、(略)この世界の一つの差異化、束の間の抑揚なのであって、したがって、色あるいは物というよりは、様々な物や様々な色の間の差異であり、色を帯びた存在あるいは可視性の瞬間的な結晶なのである。様々な色や、いわゆる見えるものの間には、それらを裏打ちし、支え、養う、そしてそれ自身は物ではなく、諸物の可能性、潜在性または肉であるところの生地が見いだされるだろう。
(『見えるものと見えないもの』川瀬訳)


なんとメルロ=ポンティは、このくだりで、あのソシュール以来の言語の示差性の原理を知覚一般にまで敷衍しているのである。何かが知覚される時、その知覚は他の知覚経験との関係においてのみ成立する。川瀬氏はここに着目して、この「他の知覚経験」が、空間的にも時間的にもどこまでも広がり、結局、「遠く離れた事物の知覚において過去や未来は知覚がおこなわれている現在と同時的である」(一六〇ページ)という事実を確認するに至る。

そのプロセスについては、ぜひ直接、本書にあたっていただきたいものだが、そこから得られる結論は、おそらく法外なものとなるはずだ。メルロ=ポンティの奥行き論の含蓄は、「ここ」や「現在」の意味を変え、これまでのあまたの時間=空間論を再考させ、たとえば、ベルクソンの記憶論などにも新たな光をあてるものとなるだろう。

本書は、まさしくこの問題圏に照準を合わせ、慎重にメルロ=ポンティからの引用を連ねながらその概観を探っているが、当然ながらこの後には、同時的世界観の全貌を明らかにし、それが哲学の世界にどのような変革をもたらすのか、つぶさに描き出す大仕事が待っている。川瀬氏は、パンドラの箱を開けてしまったのだ。
この記事の中でご紹介した本
メルロ=ポンティの美学 芸術と同時性/青弓社
メルロ=ポンティの美学 芸術と同時性
著 者:川瀬 智之
出版社:青弓社
以下のオンライン書店でご購入できます
「メルロ=ポンティの美学 芸術と同時性」出版社のホームページはこちら
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