小さな場所 書評|東山 彰良(文藝春秋)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年1月25日 / 新聞掲載日:2020年1月24日(第3324号)

小さな場所 書評
生きていくための拠り所
作家の体内に宿る原風景が浮かび上がる

小さな場所
著 者:東山 彰良
出版社:文藝春秋
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小さな場所(東山 彰良)文藝春秋
小さな場所
東山 彰良
文藝春秋
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 誰の心の中にもある、生きていくための拠り所を書いた小説だ。

五歳までの幼少期を台北で過ごした東山彰良は、直木賞を授与された長篇『流』をはじめ、生地を舞台にした小説を複数著している。台湾の民俗文化を背景に取り込み、時には幻想小説の如き風合いをも感じさせるそれらの作品群からは、作家の体内に宿る原風景が浮かび上がってくる。新刊『小さな場所』は、その系譜に連なる連作短篇集である。

舞台となるのは台北市の西門町、紋身街と呼ばれる一角だ。紋身、つまり刺青を入れる店が多数集まっていることからそうした通称になった。九歳の〈ぼく〉、景健武の家は極上の排骨飯を出す食堂を営んでいる。そこに紋身街の彫り師たちが集まって来るのだ。彼らの肩に手をかけて背伸びをした〈ぼく〉は、九歳の背丈ならば普通は目に入らないような、大人の世界で起きた出来事を見聞きすることになるのである。

巻頭の「黒い白猫」は、彫り師の一人、ニン姐さんを探して紋身街にやってくる、謎の女が登場する。ニン姐さんは刺青を入れることについて独自の信念を持っていて、金のために節操なく何でも彫るケニーとは、それでしばしば喧嘩になるのである。一生消えないものだからこそ覚悟のある客にしか刺青は彫らない。彼女の店には黒猫が棲みついているが、姐さんによればそれは本当は白猫なのである。「ほかの猫に白猫だとバレないように」黒い刺青を彫ってやったのだという。刺青を入れる人には各々の事情があり、その心の奥を他人が計り知ることはできないのだということを、謎の女との関わりを通じて〈ぼく〉は学ぶ。各話の出来事を通じて、彼は少しずつ成長していくのだ。

民間信仰を土台にした楽しい騒動話「神様が行方不明」、日本による占領統治期に起きた痛ましい霧社事件が根底にある「骨の詩」など、台湾の歴史風土があってこその特徴ある短篇が並ぶ。中盤に配された「あとは跳ぶだけ」は、子供には理解しがたい、ややこしい男女の色模様についてのお話だ。どろどろとした人間関係しか出てこないのに、日本のロックバンド、ミッシェル・ガン・エレファントの曲をモチーフに使うことによって、浮き上がるような軽さを醸し出すことに成功しているのは、この作者ならではの至芸だ。どん底の人生に瞬く間だけ見える光明を描いた「天使と角砂糖」は最も苦い味わいだが、ほのかな温かみも感じさせる。東山の詩情はどぶどろの中にも輝くものを見出すのである。

巻末の表題作は、主人公自身の物語である。紋身街という「小さな場所」に生まれつき、外の世界が見えるほどに背が高くなった〈ぼく〉はどのような生き方を選ぶのだろうか。その姿は東山自身に重なって見える。おのれの拠って立つ場所を否定せず、さりとて自由に跳ぶことを怖れもしない潔い姿勢に、胸の底から湧き上がるような強い感情を覚えた。
この記事の中でご紹介した本
小さな場所/文藝春秋
小さな場所
著 者:東山 彰良
出版社:文藝春秋
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