山風にのって歌がきこえる 大槻三好と松枝のこと 書評|惣田 紗希(タバブックス)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年1月25日 / 新聞掲載日:2020年1月24日(第3324号)

山風にのって歌がきこえる 大槻三好と松枝のこと 書評
みずみずしい線をまとい甦った可憐でモダンな歌、その生涯

山風にのって歌がきこえる 大槻三好と松枝のこと
著 者:惣田 紗希
出版社:タバブックス
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 群馬県太田の駅前に、ちょっと不思議なかたちをした白い新築の建物がある。夏の暑さで知られる太田だが、燃えるような一日の青空を背景にすれば、とりわけ美しい建築だ。太田市美術館・図書館。ここを舞台に二〇一八年の夏から秋にかけて開催された美術展「ことばをながめる、ことばとあるく――詩と歌のある風景」で、ぼくは大槻夫妻のことを初めて知った。

よく考えられた構成をもつ、興味深い展覧会だった。まず一階では最果タヒの詩が祖父江慎や服部一成といったデザイナーたちの共作により展示構成された。二階には佐々木愛とぼくが二〇〇九年から絵と詩で取り組んでいる連作「Walking」の最新版。観客は下から螺旋状に上の階にむかいつつ詩とデザイン、美術の響き合いを体験するわけだが、続く明るい最上階の白い部屋での展示に、とりわけ新鮮な驚きと強い感動を覚えた人も多かったことだろう。

太田出身の歌人夫妻、大槻三好と松枝。昭和初期に地元の小学校で教えながら、生の感情がほとばしる自由な口語短歌を旺盛に作ったふたり。出会い、激しい恋をし、むすばれ、子供を得て――まだ乳児のそのひとり息子を残し、松枝は亡くなる。二十五歳だった。

その日、ぼくはかれらについて何ひとつ知らないままに、この三階の展示室に入った。白い壁に黒い線だけを使って、飾り気のない、しかし迷いもない絵を描いていったのはイラストレーターの惣田紗希。彼女の線をまとって並べられた夫妻の数々の歌に、目をみはった。歩き、読み進めるうちに、夫妻の物語が浮かび上がってくる。物語と便宜的に呼んだが、それはフィクションではまったくなく、ふたりの生涯そのものだ。読めば、ふたりが生きた時空に抗いがたく巻き込まれてゆく。最後まで読み終えたときには、よほどの人でないかぎり、涙にくれるはずだ。松枝の薄幸を思って。残された三好の心中と、幼な子のその後を思って。

その展示会場で知ったふたりの歌世界が、このたび一冊の瀟洒な本にまとめられて、誰でも身近に体験できるようになった。歌のいくつかをランダムにあげてみる(改行は「/」でしめすことにする)。
一年生のバラぐの歩調よ/あの中に神が居るのだ/おどつてゐるのだ

思つてる仕事が全部出来たなら/恨みはないな明日死んだとて

ちつぽけな火鉢を/二人ではさんだ日/あの美しい爪を知つた日

生か死か二つしかないこの道に/君を慕ふて踏み迷ふてる

夢かしら いやさうぢやない/こんなにも君にしつかり抱かれて/ゐるんだ

ここではどの歌が夫妻のどちらの歌かは、あえて記さない。このようなストレートな恋の歌を交わしつつむすばれ、やがて悲しい別れにいたるふたりの言葉の可憐さと新しさをまずは味わってほしい。そのモダンな感覚といえば、たとえば松枝の次の歌にとどめを刺す。
泣いたつてどうなるものか/それよりはジャズで行かうよ/うはべだけでも

いかがでしょう、昂揚を感じませんか。九十年あまり前に、太田という小さな町に、こんな驚くべきモダニズム詩を書いた二〇代前半の女性がいたのだ。

「ことばをながめる」展では、かれらの歌を並べた壁面に山の稜線も描かれていた。見終えて展示室を出て、建物のテラスに立つと、まさにおなじ稜線をもつ山がそこにある。ああ、大槻夫妻もこの地形の中で生き、ふたりであの山にも行ったのだと思うと、強く胸を打たれた。郷土の歌人、まさに。しかしかれらのことは長い間、忘れられていた。そのふたりの歌が、惣田紗希という理解者を得て、みずみずしい線をまといながら甦った。この本ができて、もうふたりの生と歌が忘れられることはないだろう。泉下の松枝のよろこびを想像する。
この記事の中でご紹介した本
山風にのって歌がきこえる 大槻三好と松枝のこと/タバブックス
山風にのって歌がきこえる 大槻三好と松枝のこと
著 者:惣田 紗希
出版社:タバブックス
「山風にのって歌がきこえる 大槻三好と松枝のこと」は以下からご購入できます
「山風にのって歌がきこえる 大槻三好と松枝のこと」出版社のホームページはこちら
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