食べ物の民俗考古学 木の実と調理道具 書評|名久井 文明(吉川弘文館 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年1月25日 / 新聞掲載日:2020年1月24日(第3324号)

食べ物の民俗考古学 木の実と調理道具 書評
3つの視点から縄文時代の植物利用と遺物の関係を考察する姉妹書

食べ物の民俗考古学 木の実と調理道具
著 者:名久井 文明
出版社:吉川弘文館
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 両書は、同日に発行された姉妹書である。どちらから読んでも良いが、評者は、方法論的なまとめ(終章)のある『食べ物の民俗考古学』から読むことをお薦めしたい。

タイトルの「民俗考古学」という概念は、民俗学+考古学という字面から想像されるほど、一筋縄で捉えられる概念ではない学史的経緯をもつ。

名久井氏は、「民俗事例(民俗学・民具学)を援用することによって先史時代人の意思や生態、遺物が指し示す意味の究明までも視野に入れようとする考古学研究法」の呼称とする。そして、おもに縄文時代の植物利用と遺物の関係を、①民俗事例に基づいて、既知の遺物の未知の側面を見定める、②民具や民俗的技術から遡及するようにして出土遺物の製作技術を探求する、③未知、未見の遺物が存在した蓋然性とその様態や意味を民俗事例に基づいて考察する、の3視点から読み解こうとする。

『食べ物の民俗考古学』は、まずクリ・ドングリ・トチの実の備蓄の方法・空間について言及する。長期貯蔵のために乾燥させたことは誰しも想像できるが、乾燥した皮と中身に隙間ができるクリとは異なり、トチは密着したまま収縮するので、水または湯に漬けてから剥かなければならない。著者は、このような自然の性質を踏まえて、当時の道具や施設のあり方を推察していく(①)。

2章では、「蜂の巣石」「多孔石」などと呼ばれてきた、円形・楕円形のやや大型で重く平たい石器が対象となる。民俗事例からの類推は用いられず、その表面の数多い窪みや摩耗から、「搗き台」として臼のような機能を推定し、飛び散り防止のための樹皮筒まで製作して皮剥き実験を行いながら、縄文・旧石器時代人の生活を想像する(①)。

3章における、クルミなどの堅い種子を割る台石・敲き石の検討を経て検討されるのは、本書の白眉である4章、あく抜き技術への試論である。

ドングリやトチの実は、あくを抜かないとえぐくて食べられない。多くの考古学者もその技術に注目してきたが、一般には民俗例に多い「木灰合わせ系」で、灰汁で加熱する過程と縄文土器の存在を重ねるものであった。名久井氏は、ソテツのあく抜きなどにヒントを得て、その他に「発酵系」「水晒し系」「はな(澱粉)取り系」の4分類を主張する。そのうえで、加熱(土器)を必要としないあく抜き技術から、後期旧石器時代の植物利用の可能性を測る (③)。

冒頭にあげた終章の前に議論されるのは、古代の蒸し器である甑の終焉と、それに代わる民俗例「さな」の存在で(③)、採集から調理まで一貫した著者の関心が伺える。

『生活道具の民俗考古学』は、民具の籠と縄文時代の網代組み等の技術を、底から口縁部までの立体形成過程で丹念に捉える1章から始まる。

植物繊維の編み方への関心は、2章では古代の遺跡で発掘される薦編み用具(木製重り)の操作法へと広がり(②)、さらに5章では、縄文時代の遺跡出土の「ねこ編み」の断片に、わらじなどの底を形成する技術との近縁を見出し、縄文人の履物を推理していく(③)。

次章で著者は、樹径を超えた容器を作るための樹皮「裏見せ横使い」技法へ注目し、発掘された曲げ物器面の判別から当時の樹皮利用方法を復元していく(②)。

続く4章では、大木を割る木割り楔の民俗事例から、折れた縄文時代の石斧の刃部側を楔に転用する例を見出し、その推察は後期旧石器時代石器へと遡及する(①)。

終章となる6章では、著者の想像力がもっとも躍動する。大型貝容器や与那国島のクバの葉の鍋などの非土製煮沸具、さらにアイヌにみる「樹皮鍋」に注目し、縄文土器発明以前の煮沸具の存在を想定する試みは、樹皮製容器の作成と機能確認実験に到る。火にかける、焼礫を投入する、などの挑戦の末、焼礫の上に置いて焚くことで、ナラの実を煮ることに成功し、樹皮なべの焼損を妨げるために塗布された粘土が、土器の発明を促したという試論となる(③)。

このように、民俗事例と考古遺物の間を具体的かつ独創的な参照で行き来しながら、過去の人間の生活技術の復元を追求して考古遺物の解釈に多様性をもたらし、裨益されるところも多い両書であるが、その「民俗考古学」の定義や位置づけは評者から見て瑕瑾なしとはいえないように思う。

著者は、民俗考古学的研究方法の嚆矢として、杉山壽栄男の土器底部に残る樹皮・植物繊維製品の圧痕に関する昭和初期の一連の業績を高く評価し、返す刀で発掘遺物中心に文化理解を行う「現行の考古学研究法の限界」を切る。そして、土中で腐朽、分解、消滅してしまった有機質資料を等閑視してきた〝現行研究法〟の由来を、浜田青陵『通論考古学』により紹介された、当時のヨーロッパ考古学の受容に求める。

ただ、同時に著者は、『通論考古学』に、考古学の根幹をなす層位学・型式学と並んで、同一器具、技術を有する現存民族中に、その使用方法の実際を髣髴するを得る(濱田)「土俗学的方法(ethnographical method)」があげられていることを紹介するので、その批判の焦点がわかりにくい。

著者の主張は、「(濱田の)土俗学的方法」=「(現在の)民族考古学」≠「民俗考古学」という図式に示されるようだ。なぜなら「自国の民俗学や民具学、時には歴史学の成果を取り込むこと」こそ、同じ列島の自然環境の特性に働きかける技術として推断可能になると考えているからである。しかし、これはいささか乱暴なオリジナリティの強調ではないだろうか。

環境性を問題とするなら、著者が温暖化と定住を単純にむすびつけることを批判するように、近年、詳細に明らかになってきた列島の自然環境の変動のなかで、当時の環境性と道具の機能性との対応について、もう少し緻密な議論があっていいように思う。また評者には、土俗学的方法から戦後の方法論的飛躍を経てアイヌの生態研究から提唱された渡辺仁の「土俗考古学」や、L・ビンフォードのプロセス考古学における「民族考古学」を支える民族誌的類推(ethnographic analogy)が、民俗/民族の違いで決定的に「別物」になるとも思われない。

それらの諸研究法と名久井「民俗考古学」の異同の本質はなにか、より正面から扱った論考を、ぜひ読んでみたいものである。
この記事の中でご紹介した本
食べ物の民俗考古学  木の実と調理道具/吉川弘文館
食べ物の民俗考古学 木の実と調理道具
著 者:名久井 文明
出版社:吉川弘文館
「食べ物の民俗考古学 木の実と調理道具」は以下からご購入できます
生活道具の民俗考古学  籠・履物・木割り楔・土器/吉川弘文館
生活道具の民俗考古学 籠・履物・木割り楔・土器
著 者:名久井 文明
出版社:吉川弘文館
「生活道具の民俗考古学 籠・履物・木割り楔・土器」は以下からご購入できます
「生活道具の民俗考古学 籠・履物・木割り楔・土器」出版社のホームページはこちら
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