土門拳写真集『ヒロシマ』 人間の健忘症への警告 評者:野上彌生子 「週刊読書人」1958(昭和33)年5月5日号|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年1月26日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第223号)

土門拳写真集『ヒロシマ』
人間の健忘症への警告
評者:野上彌生子 「週刊読書人」1958(昭和33)年5月5日号

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原爆の惨禍にたいするヒロシマの市民のいまの気持は二派に別たれるという。あの出来事は完全に忘れたい、思いでを誘うものは見ること聞くことさえ厭わしいとする人々と、未来永劫忘れてはならない、むしろ世界ぢゅうの人間に忘れさせてはならない、それはあの恐ろしい被害とともに自分たちに課せられた運命的な任務だと信じている人々である。昨秋ヒロシマでその話をきかしてくれた某氏は、小学生のお子さんを学徒動員の工場で失われた。いまだに深い悲しみを消していないその顔を見るだけでも、前者に属する人々が少くないのは当然と思われたが、導かれて慰霊碑にぬかずき、記念館を参館するにつれて、私はやっぱり後者の人々の主張こそは正しく、他にどんな考え方があるにしろ、ヒロシマとしては貫き通さなければならないのはこの決心だとしたくなった。

あの漠々とひろい青芝の空間に見いだされる施設は、平和広場の名にも示されるごとく、いたずらに平和、平和を強調することによって、忘れたくとも忘れてはならないものの一切を、その底に安易に埋没させようとしていないだろうか。いまは唯一の廃墟なる産業奨励館さえ崩壊の危険を理由に取りこわしの議があると聞く。わるくすると私たちの十字架の地はたんなる遊覧の場所になりかねない。

土門さんの『ヒロシマ』が図中の外科手術をカメラで学び、表面平和そうなヒロシマをひと皮ひんむいて見せているのは、人間の健忘症への警告であると思う。とはいえ土門さんは何故もっと早く駈けつけないで、十年以上もたって出掛けたのであろう。仮りにあの日ヒロシマにいて、それこそ原爆第一号に近い身になったとしても、あの地獄を燃えさかる焔の中で捉えられたなら、カメラマンとしては無上の悦びであったはずだ。私にこんな言葉をあえていわせるのは、あの記念館の写真が土門さんのような方の仕事であったらと思うためにほかならない。(のがみ・やえこ=作家)

土門拳写真集『ヒロシマ』(B4判・一六二頁・二三〇〇円・研光社)
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