〈宮沢賢治〉が語られる、ということの魅力|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年1月27日 / 新聞掲載日:2020年1月24日(第3324号)

〈宮沢賢治〉が語られる、ということの魅力

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 ふと意識すれば、宮沢賢治の作品(の断片)や「雨ニモマケズ」で脚色された賢治の姿が、私たちの近くに忍び寄っている。いや、ときに私たちは気がつかないままに、それらに触れてさえいる。

書き出しはまるでホラーだが、今日の賢治受容は、案外このようなものだと言えはしないか。近ごろだと、ある生命保険会社のTVCMに、「星めぐりの歌」が用いられている。この「歌」の作詞作曲は宮沢賢治。しかし本編のなかで、そのクレジットは見当たらない。「歌」を耳にした視聴者は、知らず知らずのうちに賢治受容の当事者となるのである。
あかいめだまのさそり/ひろげた鷲のつばさ……

先ごろ上梓した『宮沢賢治はなぜ教科書に掲載され続けるのか』では、このような現状が生じている理由を、賢治が国語教科書に好んで採られることと重ね合わせながら読み解いていった。本人の死後、賢治受容は本格的に始まる。しかしそれが継続し、さらに一般化するには、教科書を通じて長い間熱心に教えられる必要があった。そうした積み重ねが、やがて賢治を語り・用いることの安心感を醸成させていったと考えられる。

さて、私はいま中高一貫校で国語の教員をし、併行して文学に関する研究もしているのだが、しばしば作品や作家ではなく、その受容に注目していることを不思議がられる。もちろん、不思議がられても仕方がないとは思っている。私は日ごろ、生徒の前で教科書や文庫本を片手に文学作品を説き、作家について語っているのだから。また私の研究活動の出発も、大学の卒業論文で「銀河鉄道の夜」を考察したところから始まっていた。まず賢治の作品に惹きつけられたのだから、それを大切にして研究を重ねていくという、きっと不思議がる人が思い描いているはずの〝王道路線〟を理解できなくもない。
構 大樹氏
けれども私の関心は「銀河鉄道の夜」について調べていくうちに、むしろ同作をめぐって生き生きと語る人の方にも強まっていったのだ。そこには作品を語るのではなく、作品で語るものが散見されたからである。なぜ語りたくなってしまうのだろう。このぼんやりとした問いがしだいに、そうした語りを促す対象が際立っているからなのか、それともそうした語りが許容される場が成立しているからなのか、という問いへと分化し、そして私は後者の方へと強く吸い寄せられたわけである。

この関心のうつり変わりに、研究史的な偏り――つまり賢治研究における作家・作品論の蓄積と受容論の手薄さが、物足りなさを意識させたという意味で影響していることは確かだ。ただし、同じくらいかそれ以上に、大学四年生のとき、岩手県盛岡市で拙い研究報告をした際の驚きも、私の研究を方向づけたと感じている。報告に対する反応に驚いたわけではない。会場で飛び交っていた「賢治さん」という呼び方に対してだ。「賢治さん」の呼び方で語り合える場を前にして、私は悪く思わなかった。むしろ好ましいものに思えた。だからこそ、そうした場の、語る対象を超えたところの成立要件が気になって仕方なくなったのである。そのような場が、他でもあってほしいから。

宮沢賢治という人、彼の作品に語りたくなる要素があることを引き受けた上で残る、なぜ。すなわち、語ってよいと思わせる環境は、どのようにして立ち現れるのか。このことを念頭に置き、まとめたのが私の本だった。ただし、教科書掲載という視座だったからこそ、満足に描ききれなかった賢治受容の豊かなあり様も出てきてしまった。たとえば敗戦直後のゆらぎと多様性や、戦後のカウンターカルチャーとの結びつきなど、取り上げたいものは数多い。いずれも、今日の賢治受容を形作る上で見逃せないものばかりだ。

賢治には受容に関しても、まだまだ語れることが残されているのである。
この記事の中でご紹介した本
宮沢賢治はなぜ教科書に掲載され続けるのか/大修館書店
宮沢賢治はなぜ教科書に掲載され続けるのか
著 者:構 大樹
出版社:大修館書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「宮沢賢治はなぜ教科書に掲載され続けるのか」出版社のホームページはこちら
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