監獄の近代 行政機構の確立と明治社会 書評|赤司 友徳(九州大学出版会 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年2月1日 / 新聞掲載日:2020年1月31日(第3325号)

監獄の近代 行政機構の確立と明治社会 書評
新法の精神と共に
近代日本における「監獄の誕生」の光景を描く

監獄の近代 行政機構の確立と明治社会
著 者:赤司 友徳
出版社:九州大学出版会
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 二〇〇五年一〇月一日号『ジュリスト』は巻頭の特集「監獄法改正」のなかで、同年五月に「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律(以下「新法」という)が成立し、(中略)約一〇〇年ぶりに、受刑者の処遇を中心として監獄法改正が実現されることになった」との記事を掲載していた。(二〇〇七年に「刑事収容施設及び被収容者の処遇等に関する法律」と改正。)この新法制定から一五年後の二〇二〇年一月に刊行された本書が描くのは、言うならばその新法の精神と共にあろうとする研究者によって観察された近代日本における「監獄の誕生」の光景であった。

著者赤司は序章で「行政当局者や現場の管理者たちは、旧来の社会にはなかった新しい考え方のもとで、旧来の考え方を少しずつ変えながら、受刑者を収容し、その者たちの身体的拘束と矯正を行い、彼らの社会復帰を支援した」と自らの結論を表明している。

先行研究に関しては行政当局者として小河滋次郎が注目され過ぎて来た点を問題視し、小河が内務省警保局の属官だった当時には同警保局長であり、小河が司法省監獄事務官だった当時には司法大臣であった清浦奎吾に着目して、第2章「明治中期における監獄費国庫支弁問題とゆるやかな制度変化」では、清浦が目指した「行政機構の確立」の過程を照らし出した。

その反面、小河に関して視野に入れるべき光景が抜け落ちてはいないか。小河に最初に監獄学を教えたのは、明治一九年に発足した帝国大学以前の東京大学当時からの教授穂積陳重であり、帝国大学以前の学生だった小河らが「ノンキャリア組」として追われる存在だとするならば、教授穂積による学問そして教育も半ばは見捨てられることになる。穂積が小河らに国家と社会の両方のアクターを教えていたことは無視されるべきではない。

犯罪が実際に起こる場である社会のなかでの処遇が行われる「刑ノ執行猶予」を刑法改正に当って導入すべきか否かの審査に際し、今日言う保護観察官すなわちプロベーション・オフィサー(明治三二年当時の審査会の議事速記録では「感化委員」)の働きによって初めて成果を収められる制度である点に無知な同僚出席者を諫めるべく、小河は改正「原案ニ反対ヲ致シマス」と発言していた。著者の書く「改正刑法案に執行猶予を導入することに反対の小河滋次郎」の個所は誤りであろう。小河は明治三五年には『刑法改正案ノ二眼目―死刑及刑ノ執行猶予―』を公刊し、明治三九年の学位論文『未成年者ニ対スル刑事制度ノ改良ニ就テ』でも「空骸手段モ或ハ『全ク無キニハ優サル』ノ効果」はあると判断していた。清浦と小河はこの問題で当時対立してはいなかったはずである。

本書は第3章「明治二〇年前後における監獄改良―監獄行政の営為とドイツ監獄学の受容」、第4章「巣鴨監獄の誕生―ある公共建築事業を政治史として」、第5章「内務省と仏教教誨師―教誨制度における協働関係の実態」、第6章「内務省の教誨政策と北海道集治監キリスト教教誨師」、第7章「一九世紀末における監獄改良のグローバルネットワーク―小河滋次郎、留岡幸助の人脈形成―」、第8章「〈監獄教誨〉制度の確立と巣鴨監獄教誨師事件」、終章「監獄行政機構の自立とその意義」を論述している。赤司の力量は十分評価したい。と同時に、歴史学はそもそも総合科学であり、赤司による「監獄の研究はより広い視野を持つ必要がある」との主張はまずもって歴史学者としての自戒と理解したいと思う。
この記事の中でご紹介した本
監獄の近代 行政機構の確立と明治社会/九州大学出版会
監獄の近代 行政機構の確立と明治社会
著 者:赤司 友徳
出版社:九州大学出版会
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