D・H・ロレンス書簡集Ⅸ 1919―1920 書評|吉村 宏一(松柏社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年2月1日 / 新聞掲載日:2020年1月31日(第3325号)

D・H・ロレンス書簡集Ⅸ 1919―1920 書評
優れた作家は常に同時代の的確な指摘をする
大戦後の受難の年月、イギリスとの決別とイタリア滞在

D・H・ロレンス書簡集Ⅸ 1919―1920
著 者:吉村 宏一、吉田 祐子、藤原 知予、北崎 契緣
翻訳者:小泉 由美子
出版社:松柏社
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 本書は二〇世紀英国が誇る二大作家で、ジェイムズ・ジョイスと並ぶD・H・ロレンスの書簡集で、ケンブリッジ大学出版局発行の全八巻のうちの第三巻に収録されている一九一九年一月~二〇年六月までの三五一通の翻訳である。ロレンスは電話もなく、ましてやメールもない時代に、約二〇年の創作活動中に五八〇〇通を超える手紙を書いた。二〇世紀の作家の中でも際立っている。底本のケンブリッジ版は編年体で編集されているが本書は宛名ごとにまとめて年代順に記述するという編集方針を貫いている。

本書が扱う時期とその前後の年月をロレンスはどういう状況で生きたのか?第一次大戦は一九一四年七月~一八年一一月まで続くが、この間、一五年には傑作『虹』が発禁処分、一六年に完成の大作『恋する女たち』が出版もできず、金策に四苦八苦する。一七年初めには母国に嫌悪感を持ち、アメリカ移住を決めるがパスポートがおりない。ロレンス夫妻は一七年五月から滞在していたコーンウォールからスパイ嫌疑で強制退去させられる。その後住居を転々として、一八年五月から翌年四月までダービーシャーに落ち着く。一八年から翌年まで人類史上最悪といわれる「スペイン風邪」が欧州で猛威を振るい、ロレンス自身も一九年、二〇年の二月にはインフルエンザにかかり、受難の年月だった。

窒息するような祖国英国に決別して外国への脱出を切望したロレンスはやっと一九年一一月にパリ経由でフィレンツェにたどり着く。それからが本書が扱う時期で、ローマ経由で二〇年の二月までカプリ島に滞在。さらにシチリア島はタオルミーナのフォンタナ・ヴェッキア荘を三月初めから翌年四月初めまで借りる。八月以降もマルタ島、サルデーニャ島と移動する。

このイタリア滞在中にロレンスの創作意欲は堰を切ったように横溢になり、以下の作品の執筆、出版という収穫を果たす。『堕ちた女』、『ミスター・ヌーン』(未完)、『恋する女たち』(出版)、の長編。評論では『精神分析と無意識』、『無意識の幻想』、『ヨーロッパ史のうねり』、『アメリカ古典文学研究』。紀行文『海とサルデーニャ』、詩集『鳥と獣と花』や戯曲、ロシア語のシェストフ作品の共訳を残す。

これらの作品に見られる特徴は「あとがき」(吉村)の「あらゆる生き物に宿る生命のエネルギーに対するロレンスの畏怖と畏敬の念が見られ」る。北方民族が太陽に満ち溢れるイタリアに憧れるのは「君知るや南の国、レモンの花咲く国」とゲーテがミニヨンで詠ってわが国でも広く知られたが、ロレンスにとっても例外ではない。

本書の宛名ごとに年代順にまとめるやり方は、その人とロレンスの関係が手に取るように分かってありがたい。優れた作家は常に同時代の世界情勢、人類の現状、及び未来について的確な指摘をする。ロレンスも例外ではない。特に書簡では作品中の表現よりは直接的に自らの考えや心情を吐露できる。同時期の書簡と作品では問題意識が共有されることが多いのである。現代であればロレンスのような著名作家がSNSで発信すれば一つの世論を喚起することもできるだろう。

世界を論ずるのとは対極に、本書では出版人のベンジャミン・ヒューブッシュ宛てが二四通、マーティン・セッカー宛てが三三通と最多で、普通人の煩瑣な世事に翻弄される姿が垣間見える。この時期にロレンスは出版代理人に不信感を抱き、出版に関する煩わしい事務処理等を自分で行うことにしたことを示す。この間の書簡の内容に関しては研究ノートⅡ(小川)に詳しいし、出版の実務に関する労苦に関しては解題(藤原)を参照のこと。研究ノートⅠ(杉山)は第一次大戦後のイタリアのインフレとリラ安の実態を明らかにしている。人名(井上)、地名(小川)、新聞・雑誌一覧(北崎)さらに各項目の索引(北崎)は地味だが骨の折れる仕事である。

以上のように本書はケンブリッジ版をさらに再構成したもので横文字を縦に単に翻訳したものではない。本書『D・H・ロレンス書簡集』の企画は、京都を拠点としたロレンス研究会の主幹たる吉村氏によれば、二〇〇五年から始めて一五年目にあたり、底本のケンブリッジ版全八巻のうち第三巻の三分の二にたどり着いたばかりだという。日暮れて道遠しである。本企画は研究論文が時代の傾向を反映して推移が激しいのとは対照に、長らく生命を持つひとつの事業であることを確信する。うまく本事業が引き継がれることを切に願う。
この記事の中でご紹介した本
D・H・ロレンス書簡集Ⅸ 1919―1920/松柏社
D・H・ロレンス書簡集Ⅸ 1919―1920
著 者:吉村 宏一、吉田 祐子、藤原 知予、北崎 契緣
翻訳者:小泉 由美子
出版社:松柏社
以下のオンライン書店でご購入できます
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