ルドルフ・ディットリヒ物語 ウィーンから日本へ 近代音楽の道を拓いた 書評|平澤 博子(論創社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年2月1日 / 新聞掲載日:2020年1月31日(第3325号)

ルドルフ・ディットリヒ物語 ウィーンから日本へ 近代音楽の道を拓いた 書評
忘れられた偉人の足跡を追う
貴重な資料から紡ぎ出される波乱の生涯

ルドルフ・ディットリヒ物語 ウィーンから日本へ 近代音楽の道を拓いた
著 者:平澤 博子
出版社:論創社
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 「周囲を威圧するほどの巨体の持ち主であったディットリヒは、はばかりもなく粗野な方言で話すこともあったと言われています。が、いったんオルガンに向かったディットリヒは別人のごとく、まさに芸術こそが全てと、一心不乱の演奏をするのでした」。本書の主人公について、その人となりを語った一節である。

ルドルフ・ディットリヒ。ウィーン・コンセルヴァトリウムでアントン・ブルックナーに師事し、若き優秀な音楽家として注目を浴びた。そして、近代化政策の直中にあった明治期の日本へと渡り、お雇い外国人教師として東京音楽学校(現在の東京藝術大学音楽学部)で勤務。日本における西洋音楽の草分け的存在として、幸田延や安藤幸を育てた他、日本で知った音楽をピアノ用に編曲し、ヨーロッパへ日本音楽の存在を知らしめた……。

こうした断片的な情報は、幾つかの資料を仔細に眺めれば、これまでも時折語られてきたものだった。あるいは子孫である、俳優の根上淳にまつわるエピソードとして、ディットリヒの名前が取りざたされることも時折あった。ただし、ディットリヒの生涯全体に光を当てるという作業は、ほとんどおこなわれてこなかった。本書は、現時点でアプローチできる限りの資料を駆使しながら、この忘れられた偉人の足跡を追った労作である。

それにしても、資料集めは困難を極めたようである。著者に曰く、「当時は、彼についての資料の在処がはっきりしなかったり、まとまってアーカイブになっているところがなく、資料を探索するために『犬もあるけば棒にあたる』を地でゆく連日が始まったのです。オーストリア、ドイツ、ポーランド、スイス、イギリス、チェコ、日本の公文書館、図書館、研究所、大学など諸機関のたくさんのご協力を請うことになりました」。

そうして集められた貴重な資料の一部は、本書にも図版として掲載されている。だが本書は、単なる資料の羅列だけに終わらない。読みやすい「です、ます」調に基づきながら、著者が紡ぎ出すディットリヒの波乱万丈の生涯が、実に分かりやすく語られているからだ。ハプスブルク家の支配する巨大帝国のいわば「周縁」に生まれ、西洋音楽の「周縁」であった日本において計り知れない功績をもたらした末、ハプスブルク帝国の崩壊と機を一にしてこの世を去る中で音楽史の「周縁」に追いやられていった一人の人物の生涯が、確かな息遣いをもって甦って来る。

読み手としては、ディットリヒが最終的に日本を離れてウィーンへ戻った際、日本に残した「心から愛した日本女性と、彼女との間に誕生した息子」のこともより深く知りたくなる。またこうした出来事の背景をなすオリエンタリズムの文脈で、彼の行動を突き放して眺める視座も欲しくなる。だがそれは、ディットリヒの「顕彰」を目的とした動きの中で誕生した本書には、ないものねだりの望みかもしれない。出版不況の中、それを克服して実現した一大プロジェクトの実現を、まずは喜びたい。
この記事の中でご紹介した本
ルドルフ・ディットリヒ物語 ウィーンから日本へ 近代音楽の道を拓いた/論創社
ルドルフ・ディットリヒ物語 ウィーンから日本へ 近代音楽の道を拓いた
著 者:平澤 博子
出版社:論創社
「ルドルフ・ディットリヒ物語 ウィーンから日本へ 近代音楽の道を拓いた」は以下からご購入できます
「ルドルフ・ディットリヒ物語 ウィーンから日本へ 近代音楽の道を拓いた」出版社のホームページはこちら
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