2016年回顧 哲学 哲学の新地平が示される 一ノ瀬正樹『英米哲学史講義』、岡本裕一朗『いま世界の哲学者が考えていること』|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年12月23日 / 新聞掲載日:2016年12月23日(第3170号)

2016年回顧 哲学
哲学の新地平が示される
一ノ瀬正樹『英米哲学史講義』、岡本裕一朗『いま世界の哲学者が考えていること』

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未紹介だった哲学者、新たな主題など、哲学の新地平が示された。
まず、多数の英米哲学解説書が目につく。一ノ瀬正樹『英米哲学史講義』(ちくま学芸文庫)は、同じ経験論から生まれた功利主義と言語分析哲学の、起源から現在を概観する。観察・実験と等値されがちな「経験」は、ギリシア語では、なにかを“やってみた(みる)試み”という、日本語の「経験」に近い言葉だったという指摘は示唆的だ。岡本裕一朗『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)は、「ポストモダン」が時代遅れとなった哲学の現在を、メディア論的・実在論的・自然主義的という三つの転回としておさえ、AIや宗教など、諸問題に関する哲学者の発言を展望する。20世紀哲学を「言語論的転回」と命名したのはローティだが、冨田恭彦『ローティ:連帯と自己超克の思想』(筑摩選書)によれば、彼の「自文化中心主義」は、まず自分たちの規範からはじめ、他が好ましければ取り入れる、開かれた態度だった。伊藤邦武『プラグマティズム入門』(ちくま新書)は、社会実践の中での言語規範形成過程を重視するブランダムやマクダウェルなど、ローティ以降の展開をも扱う。野矢茂樹『心という難問:空間・身体・意味』(講談社)は、知覚されたものを実在とする自然な直観を重視した場合に生じる、錯覚論法や、自他の心を巡る困難を解決する理論構築。

実践における規範形成は、ヘーゲルによるカント批判の論点だった。佐藤康邦『教養のヘーゲル『法の哲学』』(三元社)は、法や主観的道徳から共同体的人倫や国家が生まれる弁証法的必然性を簡明に描く。

現象学は“臨床論的”転回を示す。村上靖彦『仙人と妄想デートする:看護の現象学と自由の哲学』(人文書院)によれば、母乳に拘る医師と、たまには体を休めたい母親の感覚との齟齬を埋めようと看護を志した女性のように、特定状況での自発的活動が看護の実態だ。鷲田清一『素手のふるまい:アートがさぐる未知の社会性』(朝日新聞出版)は、「役に立たないことにおいて社会の役に立つ」アートが、被災地に「未知の社会性」を切り開く実例を描く。

伝統哲学は感情を“欲望の元”としがちだが、戸田山和久『恐怖の哲学:ホラーで人間を読む』(NHK出版選書)は、ホラー映画を糸口に、原始の自己防衛系から生まれる恐怖感情を楽しむ人間の「転倒」を描く。山内志朗『感じるスコラ哲学』(慶應義塾大学出版会)によれば、無味乾燥にみえる中世哲学でも、「法悦」「酩酊」による神との接触を語る神秘主義など、感覚が重要な役割を果たした。

清水博『〈いのち〉の自己組織:共に生きていく原理に向かって』(東京大学出版会)によれば、雑多な運動が一つの波長に収束するレーザーのように、「多から一」ではなく、胚細胞が多様な細胞に分岐する「一から多」の過程こそ〈いのち〉の原理であり、その視点から、ライプニッツなどを見直すことができる。
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