マツタケ 不確定な時代を生きる術 書評|アナ・チン(みすず書房 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年2月1日 / 新聞掲載日:2020年1月31日(第3325号)

マツタケ 不確定な時代を生きる術 書評
マルチ・スピーシーズ人類学の好著
天は人の上にマツタケを造らず、人の下にマツタケを造らず

マツタケ 不確定な時代を生きる術
著 者:アナ・チン
翻訳者:赤嶺 淳
出版社:みすず書房
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 最近タイトルや目次をみれば、読まなくても中身がだいたいわかるように構成されている本が多い。そのような時代に、このタイトルは何なのだろう。マツタケというシンプルな邦題、THE MUSHROOM AT THE END OF THE WORLD という謎に満ちた原題。それに、プロローグや幕間のある奇妙な目次が続く。読んでみるとタイトルや目次から想像したイメージをどんどん超えて来る。学問のファストフード化が進むなかで、このような本に接する機会は近年少なくなっている。いいワインはラベルがシンプルでも味わいは複雑だ。「コスパ」という現代の資本主義の一面を凝縮した言葉があるが、本書を読めばその呪縛から解放されるような気分を味わえるだろう。

マツタケは人に食べられるために生えてくるわけではない。マツタケは、包子として飛び回り、自らに向いた土壌を探し、傘のある子実体となる。人はマツタケを狩るためだけに森を徘徊するわけではない。その両者が出会う。

北米にはマツタケを探すことを生業とする人がいる。そのなかには、アジアの難民たちもいる。採る人、仲買、貿易業者、卸売、小売、食べる人。北米から日本までのマツタケの流通を見つめれば、資本主義と非資本主義的なものの絡まり合いが観察できる。一方、マツタケ学を考えれば、マツタケの生態への理解がアメリカと日本で大きく異なっていることが明らかになる。このような知は、世界に適応可能な科学知として扱い得るだろうか。学問の英語化は奇妙な知の序列を生んでいないか。さまざまな戦争の残した影響、アジア系移民、難民に対する政策の歴史的変化、為替相場と日本のバブルが与えた影響、資本主義の先端をになう収奪的システムの中でいかに生き延びるか……。アナ・チンは、まるで粘菌が栄養を求めて増殖し、移動するかのように多様な問題群を探り当てていく。

本書はマルチ・スピーシーズ人類学の好著とされる。マルチ・スピーシーズというのは、人間中心主義を越えるための戦略の一つである。本書は関係を反転させて単純にマツタケを人の上におくものではない。天は人の上にマツタケを造らず、人の下にマツタケを造らず。マツタケはマツタケなりに生き延び、人は人なりに生き延び、膨大な種との関係のなかに張り巡らされた複数の線として両者の繋がりは見えてくる。予想されなかった出会いと共有の場での生の瞬間が描かれる。マツタケと人のめざすことが、焦点を結んだり、交錯したり、ずれたりしつつ世界は構成されている。

本書はそこにとどまらない。人類学は言うに及ばず、経済学、文学、生物学、政治学……。総ての知が、生態系のよう繋がり、成長し、共生していることを感じさせてくれる。本書が単著という発想すら括弧に入れたほうがいい。本書はマツタケをめぐる共同研究をもとに、結節点となったアナ・チンがまとめたものである。単著でありつつも、共著でもあるような多声性に満ちた筆致も魅力である。目標に向かって書かれた一本の力強いストーリーは期待しないほうがいい。それぞれの章と章はツリー状に構成されず、意図的に特定の結論を目指さない作りになっている。不安定性や不確定性を排除せず、むしろそれに基づいて目的論のない世界や知を構成する。複数の時間が流れる。

これまでの資本主義や科学知は、単線的な時間の進行と、それをもととした進歩の概念を背景にしがちだった。まず、パターンを理解し、理論化し、精緻なモデルを作る。さらに、それを世界に拡大し適用するやりかたで、資本主義、ひいては多くの学問分野も利益を生み出してきた。しかし、スケールの拡大可能(規格化し拡大しても、全世界に問題なく適用できる)をよしとする、現代の資本主義や近代科学を中心とした知が限界に達していると筆者は考える。そこで、拡大不能(規格化すること自体が不可能)なものの絡みあう世界を観察する。資本主義的形式と非資本主義的形式が絡まりあう様子を記述する。資本主義のつぎは社会主義が、とはならない。そのような考えも、進歩という直線的な時間に汚染されていると考えるからだ。

現代の資本主義と近代科学のあり方への抵抗の書でもある。近年の学問の商品化、私有化の流れ(研究のビジネス化や、知的交流の成果の数値化など)に抗し共同研究という共用地(コモンズ)を擁護し、その持続可能性と創造性の再認識を訴える。近年、知は持続可能性が脇に置かれ、短いタイムスパンで生産性が測定され、プランテーション化されつつある。このようななかで生育する学問群は「コスパ」がよいように見える。しかし、さまざまな研究での偶発的な出会いは減り、学問の生態系は破壊されつつある。必要なのはプランテーション化ではなく、里山の維持保全なのである。そこに成果はひっそりと、ひょっこりとマツタケのように生えてくる。

G・ベイトソンの『精神の生態学』の読後感を思い出した。学問の商品化、私有化が進行する中で、目的論的思考に陥りがちな脳を攪乱してくれるからだろう。本書のような良書を読みふけるうちに、マツタケのような秋の恵みに出会う可能性は高まるのかもしれない。
この記事の中でご紹介した本
マツタケ 不確定な時代を生きる術/みすず書房
マツタケ 不確定な時代を生きる術
著 者:アナ・チン
翻訳者:赤嶺 淳
出版社:みすず書房
「マツタケ 不確定な時代を生きる術」は以下からご購入できます
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