坂口安吾著『狂人遺書』 注目したい大きなスケール――「風土記」は民族・文化を論じて勝る 評者:奥野健男 「読書タイムズ」1955(昭和30)年4月15日号|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年1月19日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第131号)

坂口安吾著『狂人遺書』
注目したい大きなスケール――「風土記」は民族・文化を論じて勝る
評者:奥野健男 「読書タイムズ」1955(昭和30)年4月15日号

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この本には、作者が死の前に書いた最後の小説「狂人遺書」と、「安吾新日本風土記」ほか二篇のエッセイが収められている。

「狂人遺書」は、死期の迫った秀吉が、妄執と猜疑に悩まされながら書いた遺書の形式をとっている。明の強大な国力を理性の上では、はっきり認識し、ただ貿易再開の手段のために行ったうその威嚇外交であったのに、自分でもどうにもならない衝動に動かされて愚行と知りつつ朝鮮出兵を行ってしまう、心の過程が、たゝたみかけるような調子で描かれている。晩年に生れた秀頼への盲目的な夢、思慮深い落着きはらった江戸大納言家康への疑心、豊臣の末路を予感しながら、ますます愚行を続ける秀吉の、焦りと虚勢が、自棄になったようなタッチで書かれている。

作者は秀吉に託して、自己の生涯の愚行、たとえば競輪事件や税金闘争への苦い嘲笑を、文学へのどうにもならない情熱と意地とを、幼い子供への愛を、語っているのだ。だが決して一部にいわれているように、悲愴感は、とりたてて感じられない。自己を秀吉に擬しても、それほど不自然さがない、作者のスケールの大きさに注目したい。

ぼくは「狂人遺書」より「安吾新日本風土記」の「宮崎県の巻」に興味を覚えた。天孫降臨の伝説のある神話の国、日向を、歴史、風景、人間等さまざまな角度から調べ、その底にあるこの地方の本質的なものを抽象しようとしている。日向の南国的な風土と、その住民の開放的でノンキでクッタクのない気質、そして古い世からの遊芸人的な伝統、これらの関連性を、紀行文の中で美しく、説き明かしている。これは自然と民族と文化とを論じた勝れた評論、批評文学と言うことができる。たゞ同じことを何度も繰返えすくどさが少し気になる。「富山県、新潟県の巻」は故郷であるせいか、現象的、ルポルタージュ的になって、このような面白さはみられない。
「世に出るまで」は、奇行の多かった作者でなければ書かない自叙伝である。(筆者は評論家)(B6・二一九頁・二〇〇円・中央公論社)
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