文芸時評(1958年5月) 「最近の詩集」 評者:宗左近 「週刊読書人」1958(昭和33)年5月5日号|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年1月26日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第223号)

文芸時評(1958年5月)
「最近の詩集」
評者:宗左近 「週刊読書人」1958(昭和33)年5月5日号

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井上靖詩集『北国』

『氷壁』の小説家井上靖の、ここ二十年間に書かれた詩を集成した詩集である。
作者自信のあとがきの中で、年少の頃友人の《秋。どこかで石英のぶつかる音がしている》という一行詩を見せられてより詩にとりつかれたこと、詩は精神の奥底に設けられる秘密工場の所産であること、を言っているが、せんじつめれば『北国』はそのままその一行詩の世界、つまり宇宙のただ中における人間の孤独感であり、同時に『北国』はそのまま作者の全小説を製産する秘密工場のひな型である。凝縮されているだけに、その小説より硬度の高い光と空間とを持ち、ドラマの結晶度が鞏固であり、まさに氷壁の如く美しい。(A5判・一二一頁・三五〇円・東京創元社)

『定本八木重吉詩集』

既発表のものに、新しく未発表のものを併せて八三八の詩篇、及び絶筆に近いノートを集めて編んだ定本である。
既に現代詩の古典となっているこの詩人の世界については、高村光太郎の序の言葉が、殆ど言い尽してる。「詩人八木重吉の詩は不朽である。このきよい、心のしたたりのやうな詩はいかなる世代の中にあっても死なない。詩の技法がいかやうに変化する時が来ても生きて読む人の心をうつに違いない。それほどこれらの詩は詩人の心のいちばん奥の、ほんとの中核のものだけが捉えられ抒べられているのである」没後三十二年、冴え冴えと輝きまさる星のような詩人の詩集である。(A5判・二七〇頁・六〇〇円・弥生書房)

『今官一詩集 隅田川のMISSISSIPPI』

『幻花行』の小説家今官一の、当人によれば「一種の軽薄なヨミモノ」であるところの詩集である。
だが、どうしてなかなか、蜀山人の如く、アロイジュス・ベルトランの如く、内に苦き鬱屈をはらみ、面に道化の華をかざす風狂のオノコぶりであり、やくざに身をやつした文明批評の御家人崩れぶりである。尻っぱしょりのヒョットコ面で、ぬからず当世風のアメリカ語まじりの俗曲で身ぶり手ぶりおかしく舞うが、油断ならぬ証拠には懐にドスを呑む。けれどもドスは真先きに自らをさすらしく、そのところが哀しくおかしいが、奇人伝的名詩集である。(B6判・九六頁・三二〇円・木曜書房)

『神西清詩集』

昨春病没した神西清の詩篇百三十三篇中より、福永武彦が佳篇五十二篇を選び、ロシヤ近代詩の六篇の翻訳を併せて編んだ、神西清初めての詩集である。
殆どが作者三十才に満たぬ青年時の製作であって、未だ強烈な詩境を確立しているとは言い難いが、フランス高踏派流の、豊艷典雅でなよやかな憂愁(アンニュイ)の香り高い感性の抒情があり、繊細な措辞と結構に青白く鋭い近代的知性の光が耀っており、佳き時のクラヴサン曲をきくような、淳乎として陶然たる世界をはらんでいる。まがいものの洋酒や焼チュウや合成酒の多い現代詩の中での、制作年代の古いフランス白ブドー酒である。(A5判・二〇〇頁・五五〇円・東京創元社)
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