出来事 書評|吉村 萬壱(鳥影社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年2月8日 / 新聞掲載日:2020年2月7日(第3326号)

出来事 書評
人類終末の光景
二つの虚実入り混じった世界

出来事
著 者:吉村 萬壱
出版社:鳥影社
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出来事(吉村 萬壱)鳥影社
出来事
吉村 萬壱
鳥影社
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 「出来事」はこんな話だ。

ある町に「チク」と呼ばれる一角があって、そこは国家によって密かに管理され原則的に立ち入り禁止である。そこに行った者は奇態な病気にかかり、挙句は人間が壊れてしまうらしい。建前としてはそんなものは存在しないことになっているが、チクに蔓延している奇病は既にこちらも侵していて、あちこちで住人たちの常軌を逸した言動が見られる。

一方、チクにも住人がいて表向きは何事もなく生活している。その一人、小説家は今ここでの生活、周囲の様子を日々記録しているが、これはさるところに提出し、それが彼の免罪符となる仕組みだと彼は信じている。彼は家の近くの仕事場に籠りきりであるが、妻一人の留守宅には既に怪物化しかかっている弟が連日通い、義姉を犯そうとしている。

あるとき通常地に住む家族が、家庭内の悶着の果てに禁を破ってチクに住む母親を訪ねる。そこで想像を絶した異常な事態に巻き込まれ、彼ら自身も人間の枠から逸脱、奇怪な体験をするが、連れて行った少女の働きで何とか脱出、もとの生活に戻る。しかしさらに奇怪なことは、夫婦はそんな事などなかったかのように日常生活に熱中している。

要約が難しいが、要するにパラレルワールド、この世の地続きにもう一つの世界があって、権力がいくら隠し抑えてもその二つの世界は入り混じってしまい、どちらが本来のあり方で、どちらが壊れたものを繕っている偽物なのか分からなくなる。そんな世界を描いているのだが、そこは吉村小説、特有のグロテスクな人間像、奇怪な人間模様、強烈なスカトロジーがこれでもかこれでもかというように展開しているのは言うまでもない。人間という動物の底の抜けた暴飲暴食暴力暴性交ぶりの地獄図である。作者の、現代のダンテのような想像力、それを読ませてしまう筆力にはいつもながら敬服するばかりだ。

今度は通読しながら何故かしきりにブリューゲルの絵が思い出された。あの、足が生えて陸を歩く魚や、頭にナイフを刺した卵が歩いていたり、魚か蛙か人間か分からない奇怪な生き物の群れが絡み合っていたり、骸骨の軍団がアウシュビッツのガス室のようなところに犇めきあっていたり、遠くの丘には首を吊られた罪人がぶら下がっていたりする、不条理で不気味な光景である。ブリューゲルはこんな絵を聖書「黙示録」からの促しによって書いたのだろうが、そういう言い方をすれば、吉村萬壱の全小説を促しているのはチェルノブイリ以後の人類社会、この「出来事」などはとりわけあの東日本大震災、原発崩壊後の日本の強い促しによっていよう。作者に言わせれば、これらはアンチ・ハリウッド映画の物語だということになるが、それはまたアンチ宇宙戦艦ヤマトの物語でもあるだろう。

こんな小説を、今回は武漢発の新型コロナウイルス騒ぎ、世界中が出国入国禁止だの被感染者の隔離だのと言っているなかで読むことになって、私は何度も寒い思いをしたのである。
この記事の中でご紹介した本
出来事/鳥影社
出来事
著 者:吉村 萬壱
出版社:鳥影社
以下のオンライン書店でご購入できます
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