パステルナーク事件と戦後日本 「ドクトル・ジバゴ」の受難と栄光 書評|陶山 幾朗(恵雅堂出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年2月8日 / 新聞掲載日:2020年2月7日(第3326号)

パステルナーク事件と戦後日本 「ドクトル・ジバゴ」の受難と栄光 書評
冷戦下の世界を巻き込み大騒動となった事件
事件が戦後日本の表現の場に投げかけた波紋、舞台裏

パステルナーク事件と戦後日本 「ドクトル・ジバゴ」の受難と栄光
著 者:陶山 幾朗
出版社:恵雅堂出版
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 一九五〇年代後半、スターリン死後の文化統制の束の間の緩和を発端として、冷戦下の世界を巻き込み大騒動となったパステルナーク事件は、今では遠い昔の話であり、当時のことを記憶する人は少なくなった。一方、事件は忘却されるだけでなく、半世紀を超える時間の経過が新たな資料の発掘や証言の公表をもたらし、事件を新しい光のもとで再考することも可能としている。「パステルナーク事件」は今なおそうした余地のある事件のひとつである。

一九五五年、十年の歳月をかけて長編小説『ドクトル・ジバゴ』を完成したパステルナークはこの作品を国外で刊行した。新時代の到来といっても、文学官僚の抵抗は根強く、「反ソ的」とレッテルを貼られた作品の公刊の見通しは立たない。やむなく原稿を国外の仲介者に渡したとき、「ぼくの死刑執行に立ち会うことになりましたね」と言ったそうだ。一九五七年十一月、まずイタリア語訳が刊行された。スターリン治下、翻訳で生計を立てていた詩人の小説はたちまちベストセラーとなり、英語仏語訳も刊行される。ロシア語版の出版準備も進んでいく。その背後では、亡命者組織や秘密警察も暗躍し、ブリュッセル万博ではソ連人旅行者向けの海賊版も出回った。

出版の妨害が露骨な迫害に転じ、事件の様相を呈してくるのは一九五八年十月、ノーベル文学賞授与が決定した時からである。作家同盟は数百名を動員して詩人を糾弾し、作家同盟除名を決議した。詩人は授賞辞退を表明し、市民権剥奪、国外追放の声が上がると、フルシチョフ宛に祖国に留まれるよう懇願する「悔悟の手紙」にも署名した。授賞決定からわずか数日間の出来事である。

陶山氏の本書における関心は、この事件が戦後日本の表現の場に投げかけた波紋にある。氏がとりわけ注目するのは、高見順を中心とする日本ペンクラブの面々の言説であり態度である。本書によれば、同クラブは詩人が授賞辞退に追い込まれた翌月開催の臨時総会で、「事件を遺憾である」とする「申し合わせ」を行なった。事件を「文学の表現および発表に関する注目すべき事柄」とみなしつつ、詩人の身の上を案じて抗議や声明は控え、「申し合わせ」にとどめる。この決定に対して抗議文を送った在外会員サイデンステッカー、招待講演を中止したケストラーも本書の登場人物となる。想定外の批判に激怒する高見順、作家大会に招待され訪ソする中野重治。本書はこれらの人物が繰り広げた舞台裏の出来事を掘り起こしていく。その背景に隠れたトラウマやジレンマを浮かび上がらせていく。世界を巻き込む事件があっても、配慮が先に立ち、どこか異国の話で終わる。それが「戦後」なら今も地続きだろう。
この記事の中でご紹介した本
パステルナーク事件と戦後日本 「ドクトル・ジバゴ」の受難と栄光/恵雅堂出版
パステルナーク事件と戦後日本 「ドクトル・ジバゴ」の受難と栄光
著 者:陶山 幾朗
出版社:恵雅堂出版
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