大宅壮一の「戦後」 書評|阪本 博志(人文書院)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年2月8日 / 新聞掲載日:2020年2月7日(第3326号)

大宅壮一の「戦後」 書評
昭和三〇年代の「マスコミの帝王」
「大衆社会化」「転向」「戦争体験」から読み解く

大宅壮一の「戦後」
著 者:阪本 博志
出版社:人文書院
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 大宅壮一という人物について、どのようなことを思い浮かべるだろうか。「一億総白痴化」「駅弁大学」といった、現在でも残る印象的な流行語を思い出す人がいるかもしれない。または彼の名を冠した「大宅壮一ノンフィクション賞」のこと、彼の遺した資料をもとにつくられた「大宅壮一文庫」のことを思い浮かべる人がいるかもしれない。本書はそうした大宅壮一について、著者がこれまでに論じてきた文章をまとめた一冊である。とりわけ、大宅が「マスコミの帝王」として活躍した「戦後」に注目し、昭和三〇年代の活動がどのような経験のもとで生み出されたのかを膨大な資料の精査を通じて明らかにしている。

本書の冒頭において、著者は「昭和三〇年代は大宅壮一の時代である」と宣言する。昭和三〇年代は戦前からの既存のマスメディアに加え、ラジオ民間放送やテレビ放送が開始され、出版では週刊誌が登場するなど、新たなメディアが勃興した時代であった。そうしたなかで、「カラスが鳴かぬ日はあっても、大宅壮一の声を聞かぬ日はない」とされるほどの活躍をみせたのが大宅だった。では、こうした昭和三〇年代の大宅の活躍を用意したのは何であったか。そこで著者がキーワードとして取り上げるのが、「大衆社会化」「転向」「戦争体験」の三つである。

まず「大衆社会化」に触れるならば、本書では一九二〇年代と一九五〇年代の二つのそれについて言及がなされている。これらの時代は大宅のパーソナルヒストリーとも密接に関係しており、前者のもとで執筆活動を開始し、後者の時代に最盛期を迎えることになる。こうした「大衆社会化」が大宅の活躍の背景にあったことを著者は指摘し、とくに一九五〇年代における重要なメディアであった週刊誌やその読者層と大宅の結びつきが強調される。

つづいて「転向」であるが、マルクス主義の影響を受けた前衛的知識人として活動を開始した大宅が、戦中にジャワでのプロパガンダ映画に関わったのちに、占領期の「猿取哲」というペンネームの併用時代を経て「「無思想人」宣言」に象徴される「中立」の立場の表明に至る過程が描かれる。とりわけ、占領期の大宅の著述活動を取り上げた章では、「文筆的断食時代」や「猿取哲」の筆名に関わるこれまでの通説を覆しながら、別段の「転向声明」なしに一九五〇年代の活躍へと繋がる「中立」の思想が形成されていくロジックが浮き彫りにされる。

「戦争体験」に関しては、ジャワでのプロパガンダ映画の経験とともに、海外ルポルタージュの執筆活動が取り上げられる。昭和三〇年代の盛んな評論活動は前述したような流行語を生み出したが、著者はこうした〝「一億総白痴化」の大宅壮一〟と海外ルポルタージュの〝「裏街道」の大宅壮一〟を対置する。そして、「裏街道」の側面に注目することで、戦中期から戦後にかけての大宅の活動の連続性を見出す。戦後、大宅は活発に世界旅行を行い、その様子を「裏街道」シリーズとして発表していくが、そうした活動の源流として日中戦争時に書かれた『外地の魅惑』があった。著者によれば、両者の間に「皮膚感覚」の重視や写真というメディアに対する強い関心といった点に連続性があるという。〝「裏街道」の大宅壮一〟はこうした「戦争体験」をもとにして生み出され、大宅自身もそれに十分に自覚的であった。そして、大宅がこれらの海外の実体験を強調することは、自身の評論活動に説得力を付与する効果を持っていたのである。

このように本書は、上述した三つのキーワードを軸に大宅壮一の「戦後」を描き出そうとする労作である。二〇二〇年は大宅の没後五〇年にあたる。それに合わせて大宅の功績が振り返られることもあるだろう。著者はあとがきにおいて、本書がそうした議論の「何らかのたたき台」となることを希求しているが、今後大宅壮一について論じる際に必ず言及される文献であることは間違いない。
この記事の中でご紹介した本
大宅壮一の「戦後」/人文書院
大宅壮一の「戦後」
著 者:阪本 博志
出版社:人文書院
以下のオンライン書店でご購入できます
「大宅壮一の「戦後」」出版社のホームページはこちら
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