現代思想からの動物論  戦争・主権・生政治 書評|ディネシュ・J・ワディウェル(人文書院 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年2月8日 / 新聞掲載日:2020年2月7日(第3326号)

現代思想からの動物論  戦争・主権・生政治 書評
対動物戦争は、停戦の日を迎えることができるか
「暴力」と「戦争」の認識論的障碍から考える動物論

現代思想からの動物論  戦争・主権・生政治
著 者:ディネシュ・J・ワディウェル
翻訳者:井上 太一
出版社:人文書院
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 「対動物戦争」というのは、本書『現代思想からの動物論』の原題であるThe War against Animalsを直訳したものである(邦訳でも結論部などでこの日本語表現が登場している)。かなり激しい言葉だが、むしろ本書のラディカルさを率直に表しているように思われる。日本でも近年、動物倫理関連書籍は多数翻訳され、また入門書なども出版される状況にあり、徐々に関心が高まっている分野だが、著者の活動するオーストラリアはまさに動物倫理や動物保護活動の発信源のひとつであり、言論的状況もいっそう進んでいるのだろうと伺わせる。巻末の「著者略歴」をみると、著者のワディウェル氏は、シドニー大学の上級講師を務め、人種理論、障碍者の権利論、批判的動物研究などを主たる研究領域としながら、市民運動などの実践にも参加されているとのことである。そのような実践的観点からの記述も本書には多くみられる。

しかし本書の動物論は、その原題からも予想されるとおり、かなりラディカルであって、たんに動物の権利を主張し、かれらのおかれた環境の改善を訴えるという予測される論旨からすると、はるか遠いところ、ほとんど不可能ごととおもわれる地点を目指して、進んでいく。そのため、冒頭のところで、動物にたいする人間の暴力(生殖管理、食肉化、行動制限、殺戮)を、「戦争」としてとらえるところで読者の足が止まってしまうのではないかと懸念する。実際わたしもここでかなり認識論的に抵抗を感じた。なぜなら、たんなる一方的な暴力ではなく、戦争をそこにみるということは、動物にたいして主権と政治的主体性を認めることを含意しているからだ。もしかりに主権が政治的生(ゾーン・ポリティコン)である人間にのみ許されているということが確かであれば、そこにあるのは戦争ではなく、たんなる暴力でしかない。それを「戦争」とみるのは、そもそも戦争と主権概念の乱用ではないかと。ところが、この認識論的障碍こそが、実のところ本書の主たるターゲットなのである。

著者は、そもそも主権概念には、暴力による圧倒という以外のいかなる根拠も備わっていないことを、ジョン・ロック、フーコー、アガンベン、デリダらの著作を読み解きながら明らかにしていく。「政治とは戦争の延長である」というクラウセヴィッツの定式を転倒させたフーコーの定式にあるように、平時は安全問題化された戦時に過ぎない。その意味で現状の人間動物関係は、安全問題化された戦争の帰結だということになる。そしてこの平時において安全問題化された対動物戦争は、フーコーとアガンベンの意味で生政治的色彩がきわめて強く、むしろそこでえらえた成果が、人間の統治に応用されており、人間の生政治的統治と動物のそれとは現代ではほとんど識別不可能なほどである。要するに、動物に対する人間の暴力の根源にあるのは、人間が絶えざる暴力のうえに宣言してきた主権にこそある、ということだ(そしてこの点は、女性、セクシャルマイノリティ、非白人種、旧植民地などへの暴力も同じである)。ここを崩さないかぎりは、真の平和が訪れることはない。しかしこれはほとんど不可能ごとである。著者は、この不可能事を、象徴的に、自然の暴力を体現する白鯨、モーヴィー・ディックに挑み続け、最後にはそれとともに大洋に呑み込まれる人間エイハブの闘いに譬える(ここでは自然と人間の関係が反転され、人間が戦いを挑む動物に生成していることが要である)。そして人間たちの暴力によって一方的に殺されていく動物たちに無数のエイハブをみ、それを記録していくことが、まずはいまできることであり、その先において、少なくともたった一日であれ、一切の動物への暴力が絶える停戦の日が訪れるという夢を描く。この停戦という空白地帯は、その先の未来を描くことが可能になるための条件であって、目指すべき最終到達地点ではないことは確かだ。が、それにしてもその夢はいまなおはるか遠いといわなければならないのだろう。
この記事の中でご紹介した本
現代思想からの動物論  戦争・主権・生政治/人文書院
現代思想からの動物論  戦争・主権・生政治
著 者:ディネシュ・J・ワディウェル
翻訳者:井上 太一
出版社:人文書院
以下のオンライン書店でご購入できます
「現代思想からの動物論  戦争・主権・生政治」出版社のホームページはこちら
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