2016年回顧 古代史 なぜか蘇我氏があつい 他には人物評伝、古事記関連も収穫|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年12月23日 / 新聞掲載日:2016年12月23日(第3170号)

2016年回顧 古代史
なぜか蘇我氏があつい
他には人物評伝、古事記関連も収穫

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今秋、奈良県立橿原考古学研究所附属博物館で「蘇我氏を掘る」という特別展が開催され好評を博した。いまなぜか蘇我氏があつい。それに影響されたわけではないが、今年を回顧すると蘇我氏関係の書籍が多く刊行された。まず挙げられるのが平林章仁『蘇我氏の研究』(雄山閣)で、仏教や石上神宮の祭祀・馬匹文化との関係など広範な分野を取扱う。「王権の体制内存在としての蘇我氏」を視点に、五世紀代の蘇我氏は時の王権運営を担っていた葛城氏政権の有力成員的存在であって、物部氏との仏教崇廃による私的闘争とする通説を否定して、蘇我氏の崇仏権は天皇から許認された公的信仰であり、蘇我氏占有によって生起した王権内部の執政官間の権力抗争と理解する。

そして乙巳の変も入鹿らの専横が主因とする通説に対して天皇大権に関わる石上神宮の祭祀に蘇我氏が介入したことが一つの契機とする新説を提示する。佐藤長門『蘇我大臣家』(山川出版社)は、直系継承が確立していなかった現状から「蘇我本宗家」ではなく「蘇我大臣家」と認識し、その権力基盤は群臣による合議を巧みにリードし、外戚の地位を獲得したことによって形成されたと主張する。吉村武彦『蘇我氏の古代』(岩波新書)は蘇我氏がなぜ歴史から姿を消したのかを、倉本一宏『蘇我氏』(中公新書)は蘇我氏の興亡に焦点をあわせて十二世紀までを視野にいれる。黛弘道『物部・蘇我氏と古代王権』(吉川弘文館)も二〇〇九年初版以来の再版で蘇我氏研究の高まりを感じる。

次に人物を対象とした収穫。五年後に没後一四〇〇年を迎えることで奈良県などイベントが始まっている聖徳太子、仏教的考察から虚構説を排して実存を論述する石井公成『聖徳太子』(春秋社)、篠川賢『継体天皇』(吉川弘文館)は政治的・軍事的力量を兼備していた人物として属目し、森公章『天智天皇』(吉川弘文館)は一書として著述の少なかったその人物像を古代国家成立期のなかで明らかにする。前田晴人『桓武天皇の帝国構想』(同成社)は、革新的政治を断行した桓武天皇の革命性に注視する。時代が降って平安時代では美川圭『後三条天皇』(山川出版社)は藤原頼通との確執をへて庄園整理を断行し院政政治を現出させたことを、加納重文『九条兼実』(ミネルヴァ書房)は、平安末期から鎌倉初期という動乱期に摂政として数奇な運命を余儀なくされた人物として明解にする。また聖武天皇や藤原不比等ら奈良時代前期の十六人の人物史を収める佐藤信編『奈良の都』、平安時代初期の桓武・嵯峨両天皇ら十九人を載せる吉川真司編『平安の新京』(ともに清文堂出版)、執筆時から十年以上も経過しての刊行で最近の成果が反映されずに問題。

成立一三〇〇年をうけてハウツウモノが続出した『古事記』関連の著作、今年は本格的。総ルビを付し訓読文に補注を加えた佐藤信他『新校古事記』(おうふう)、天皇家の由来と神話に迫る北野達『古事記神話研究』(おうふう)がある。他に史料に関する遠藤慶太『六国史』(中公新書)と、森公章『平安時代の国司の赴任――「時範記」を読む』(臨川書店)、入棺・埋骨という特異なことを解明する朧谷寿『平安王朝の葬送』(思文閣出版)なども貴重な収穫。最後に筆者の『奈良平安時代の人びとの諸相』(おうふう)もある。
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