丸山真男と戦後民主主義 書評|清水 靖久(北海道大学出版会 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年2月15日 / 新聞掲載日:2020年2月14日(第3327号)

丸山真男と戦後民主主義 書評
〈1968年の丸山〉の問い直し
圧倒的な〈調べもの力〉による鬼気迫る検討

丸山真男と戦後民主主義
著 者:清水 靖久
出版社:北海道大学出版会
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 「戦後民主主義の「虚妄」にかける」「他者をその他在において理解する」「人生は形式です」……。丸山眞男という人が書いたもの、言ったとされることには、とにかくこの手のいかにも流行りそうな(当世風にいえば)〈バズワード〉が多い。丸山におけるこのコピーライティングの才能は、その議論の感性的説得力を支え、彼を戦後論壇の第一人者に押し上げた。

本書、清水靖久『丸山真男と戦後民主主義』に横溢しているのは、〈丸山思想〉を彩るこうした華麗な〈バズワード〉に、おいそれと説得されてなるものかという(時折もはや意固地なのではないかと思わされるほどの)執念である。こうした決め台詞は、いったいいつ、いかなる文脈で、何を読みながら、誰を意識しながら、どのような意図で、書かれたのか。丸山は本当にそのように書いたのだろうか。草稿時ではどうか。著作集収録時では。あるいはそもそも本当にそうした発言が存在したのだろうか。

本書は丸山の書いたとされること、言ったとされることにやすやすと納得せず、上記のような諸点をしらみつぶしに調査していく。丸山の決め台詞を早飲みこみして色々分かった気になってしまい、〈丸山思想〉についてあれこれと(礼賛なり糾弾なり)喋々する凡百の類書と本書を分かつのは、この圧倒的な〈調べもの力〉とでもいうべきものだ。学者や物書きに限らず、少しでも自分で〈調べもの〉に類することをしたことがあれば、本書執筆に必要な〈知的基礎体力〉がいかに並外れたものであったかを即座に納得されることだろう。

もちろん、この手の〈調べもの〉はそれが自己目的化すれば、著者自身も危惧するような「好事家的調査」(70頁)に容易に堕してしまう。しかし、本書がそうした陥穽からも免れているのは、個々具体的な細部の「なぜ?」の背後により大きな「なぜ?」が確かに意識されているからだ。とりわけ、自ら「継承的批判」を宣言する〈1968年の丸山〉の問い直しが本書の醍醐味だろう。あの時、丸山に食い下がった「全共闘」の学生に憑依するかのようにして、執拗に〈1968年の丸山〉の言動及びその出処進退を逐一批判的に検討していく様にはもはや鬼気迫るものがある。「あったことをなかったことにするような記憶や記録のしかたが多すぎるから」(230頁)とは本書の白眉の言だろう。著者は確かに存在したことを「なかった」ことにはしない。過去の因縁を都合よく忘れ去り、〈あれは若気の至りさ、今読むとなかなか良いこと言っているじゃないか、丸山も〉などという態度を、決して許さないのだ。

その上でだが、聞いてみたいことがないわけではない。本書の特に後半部に色濃い「全共闘」への肩入れは、丸山を「批判」的継承するために選択されたいわば方法論的・戦略的な準拠点なのだろうか。それとも当時は中学生だったという著者の単なる心情的共感なのだろうか。本書ではあの当時、丸山が練っていたという「大学改革」構想も紹介されていて興味深いのだが、丸山の思いや全共闘の掛け声とは全く違う理路を通ってではあれ、「改革」され「解体」されかかっている大学という組織に身を置く、1979年生まれの人間としては、例えば丸山が全共闘をナチと同視したかどうかは〈割とどうでもいい〉問題にも思えてしまう。〈1968年〉に丸山と戦後思想の「断層」を見る、その見方の歴史性は果たして疑いないだろうか。本書が、「その他在において」理解しようとしているものは、本当のところは何なのだろうか。
この記事の中でご紹介した本
丸山真男と戦後民主主義/北海道大学出版会
丸山真男と戦後民主主義
著 者:清水 靖久
出版社:北海道大学出版会
「丸山真男と戦後民主主義」は以下からご購入できます
「丸山真男と戦後民主主義」出版社のホームページはこちら
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