未完の資本主義 テクノロジーが変える経済の形と未来 書評|ポール・クルーグマン( PHP研究所)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2020年2月15日 / 新聞掲載日:2020年2月14日(第3327号)

未完の資本主義 テクノロジーが変える経済の形と未来 書評
問われ続ける〈資本主義〉の未来
多様なヴィジョンから何を汲み取るか

未完の資本主義 テクノロジーが変える経済の形と未来
著 者:ポール・クルーグマン
編集者:大野 和基
出版社: PHP研究所
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 ポール・クルーグマンやデヴィッド・グレーバーら現代を代表する著名な知性七人が真摯に語り直す〈資本主義〉の変容と未来。そこに伏在するのは、米中貿易戦争の先鋭化、大衆迎合主義の台頭と民主主義の荒廃、脱グローバリズムの深化(米国の自国第一主義や英国のブレグジット)による世界史的・地政学的な地殻変動にくわえ、AIなど新たなテクノロジーの飛躍的発展に起因し、まさにわれわれ〈人間〉の存在とあり方そのものが問われているという厳然たる事実であろう。トーマス・フリードマンの指摘するように、今や「すべてのモノに知性が宿りつつあり」、人類は今なお〈資本主義〉をめぐる古くて新しい問題群と格闘し続けている。

編者である大野氏の核心を突く鋭いインタビューにもとづく本書は、いわゆるQ&A方式の文体で構成されており実に明快で刺激的だ。以下では、そうした一連の複雑な問題群に対する本書での多彩な議論を三つの側面から紹介・論評することにしよう。

一つは〈ポスト資本主義〉の可能性についてだ。副題にある「経済」を「資本主義」に置き換えてみる。たとえばビクター・マイヤー=ショーンベルガーは、ビッグデータ革命によって現在の支配的な「金融資本主義」という資本主義の「形」は終焉し、データリッチ市場にもとづく「データ資本主義」に移行・変容しつつあると主張している。巨大化するGAFA(の企業収益)が資本主義の勝者となりつつあるなか、ビッグデータのオープン化やピケティのグローバルな資本課税強化案とは異なる「データ納税」を強制するという氏の独自の構想は、むろん資本主義というシステムの枠内での制度・ルール変革論だ。ではAIをめぐってはどうか。

AIというテクノロジーが人間労働(人間の意思決定を含む)を代替していく比重が将来的に増していくにせよ、クルーグマンもタイラー・コーエンも「AI脅威論(AIによる大量失業論)」とは明確に距離を置く。経済の新陳代謝が生じうる以上、AIの導入はむしろ新たな富と機会の創出につながる。とはいえ、スキルの有無によってむしろ労働者間で多面的な格差・不平等が拡大する潜在性はけっして見過ごせない重要な政治・経済的問題である。だがそれは資本主義に代替するシステムによってではなく、あくまで資本主義というしくみ(クルーグマン的にいえば、現時点で最良のシステムは福祉資本主義ないし再分配のある資本主義)のなかで解決されるべきであると彼らは断言する。こうして〈ポスト資本主義〉の可能性は否定されるが、それはまた、本来的に「資本主義は批判されることを望んでいる」というシュンペーターの洞察を強調するトーマス・セドラチェクの立場とも一致している。資本主義とは「最悪のシステムの中の最善のシステム」にほかならないからだ。

表題「未完の資本主義」とはそうした彼らの認識を踏襲し、資本主義はけっして「完成」することなく絶えず「進化」し続けるというヴィジョンが秘められている。資本主義が「完成」するというのはそもそも原理的に何を含意するのか。セドラチェクは成長資本主義を批判しながら、資本主義は「完全なシステムではないが、うまく矯正すれば完全になりうるということです」と主張する。資本主義の変容と限界・終焉論の根拠をふくめ、〈ポスト資本主義〉論をどう把握すべきかは、なお興味深い学問的な争点であろう。

二つ目は〈働き方の哲学〉に関わる。AIと人間の職業・職能との競合関係についての論議の過程でデヴィッド・グレーバーが大胆に論じたように、「どうでもいい仕事」をさすBS(Bullshit Jobs)が先進諸国で急増してきている。一九三〇年のケインズの有名な文章「わが孫たちの経済的可能性」における、二〇三〇年に人々は週一五時間労働のみで済むだろうとの予測とは対照的に、「我々は労働時間を縮小するのではなく、人を単に忙しくさせるための意味のない仕事をつくり出すことを選択したのです」。非正規雇用の増加と(超)長時間労働の圧力という二極化、そして過労死に苦悩し続ける日本社会。グレーバーは有名になったBS論をへて、「caregiving(ケアの提供)」の思想を労働の主要な要素に据えることの意義を再発見したが、現代の労働観の見直しは切実さを増している。こうした側面で新鮮な見解を提起しているのが、本書に登場する論客のなかでもっとも若い一九八八年生まれのルトガー・ブレグマンだ。

楽観主義でも悲観主義でもなく「可能」主義者とみずからを呼称するブレグマンは、社会のしくみにせよ経済構造にせよ、「変えられないものはない」と想定している。『現実主義者のためのユートピア(Utopia for Realists)』を原題に掲げる世界的に著名となった作品(邦訳は『隷属なき道』)は、こうした思想的立場に立脚して執筆されている。彼によれば、「人生で最大の課題は『生きることの意義』を見つけること」にほかならず、「働くための準備だけでなく、よりよく生きるための準備をすべき」である。

そしてそのためには、「進歩」、「富」、「公正な社会」、「自由と平等」の重要性とは何かといった人間社会にとっての原点を見直す必要がある。ここにはむろん「労働(働く)」という概念も含めてよい。労働のインセンティブや財源確保などの観点から賛否両論を帰結するベーシックインカムの導入をめぐっても、労働時間(ないしは自由時間)の長短と貧困ラインの限度から賛同し、「ベーシックインカムは、人々に豊かな選択肢を与えるという意味で、不可欠なのです」と明言されている。労働時間の短縮とその達成に伴って増大しうる自由時間にこれからの人類の未来が直面するならば、そのときの最大の課題こそ「退屈」であるという展望も興味深い。古くからある社会思想の意義の再発見とその現代的復権のなかで論じ直されるブレグマンの一連の主張には、「可能」主義者としての可能性に富む静かな迫力が読み取れるのではなかろうか。

ブレグマンに限らず、クルーグマン、フリードマンそしてコーエンらは日本経済が直面するさまざまな課題と対策をめぐっての実直で的確なエールをおくっている。デフレ脱却、人口減少と少子化対策、女性活躍、移民政策、イノベーションと労働生産性、オープンマインドな企業家精神の育成、コミュニティの再活性化、そして過労死のない健全な社会の実現など。「課題先進国」日本への示唆をいかに汲み取り、〈日本社会の形と未来〉をどう切り拓いていけるか。こうした三つ目の側面にもぜひ注視しておきたい。

NHK「欲望の資本主義」シリーズや二〇二〇年元日からの日経新聞連載「逆境の資本主義」、経済・政治の両面での理性的制度改革論から進歩的資本主義を提唱するスティグリッツの新刊『プログレッシブ・キャピタリズム』など、〈資本主義〉はホットなテーマであり続けている。当該問題にはクールな論議も不可欠だ。〈経済〉の形が変わっても、それは〈人間〉のためにある。資本主義、経済そして人間。本書はそれらをめぐる多元的な地図を提供している。
この記事の中でご紹介した本
未完の資本主義 テクノロジーが変える経済の形と未来 / PHP研究所
未完の資本主義 テクノロジーが変える経済の形と未来
著 者:ポール・クルーグマン
編集者:大野 和基
出版社: PHP研究所
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