ジブラルタルの征服 書評|ラシード・ブージェドラ(月曜社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年2月15日 / 新聞掲載日:2020年2月14日(第3327号)

ジブラルタルの征服 書評
救済の隘路を探す〈歴史〉の営み
独立戦争時のアルジェリアを舞台に、奇妙なまでの堂々巡りが展開される螺旋の物語

ジブラルタルの征服
著 者:ラシード・ブージェドラ
出版社:月曜社
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 ウマイヤ朝の将軍ターリク・イブン・ジヤードによって「ジブラルタルの征服」が行われたのは、七一一年のこと。しかし、本書の物語が主な舞台としているのは、一九五四年から六二年にかけて支配国フランスに対して行われた独立戦争時代であり、当時のことを過去として回想する現在時の様子も、時おりそこに挟まれる。

アルジェリアで生まれ、フランスやモロッコに滞在したのち、現在はアルジェリアで活動を続けているラシード・ブージェドラが、二作目として翻訳してほしいとみずから訳者に希望を伝えたのが、一九八七年刊行の本書『ジブラルタルの征服』だったという(六九年の最初の小説『離縁』には、すでに邦訳がある)。

イベリア半島へ進出したアラブの英雄と同じ名を持つ主人公のターリクは、さまざまな形でその英雄の亡霊に取り憑かれている。進攻を控えて居並ぶ騎兵を描いた、アル・ワーシティの手になる細密画。ターリク・イブン・ジヤードの業績を記述した、イブン・ハルドゥーンの歴史書の一節。アラビア語で書かれたそれを、辞書を使わずにフランス語に逐語訳しろと命じ、威圧する父親――。

その背景に、フランス軍への抵抗がある。「ABAT LA FRANSSE!」(フランスを倒せ!)と拙いフランス語で落書きをして逮捕される、ターリクの従弟シャムス・エッディーン。フランス軍による虐殺に抗議する女性たちのデモ。さらに、行進する軍の上にカナリアを飛ばして排尿させ、セネガル人の兵士に首を刎ねられる少年。

また主人公ターリクは、盲目のコーラン教師に習った、月経は「汚れである」という聖典の一節に衝撃を受け、家の母親のもとに走っていくと、まさに月経のときの洗濯物を干していた母親は、息子を平手打ちする。

これら複数の光景が、微妙な差異を孕みつつ繰りかえされてゆくこの長篇小説は、ひとつの回廊を巡り続けているような、あるいはむしろ、螺旋の回廊を歩いているような感覚を読み手にもたらす。そこには、同じくフランス語で書いた先達ロブ=グリエの『迷路のなかで』などの影を見て取れるかもしれない。

いずれにせよ、『ジブラルタルの征服』は、たとえばカフカの『城』を構成する長々しい語りが、主人公(と読者)が目指すべき場所を延々と迂回させられる悪夢を、読者に追体験させるというよりも実体験させるように、独立戦争時のアルジェリアの少年ターリクが、その時代その社会のなかで半ば運命として、心に負うことになったいくつかのトラウマの経験を、描き出すのではなく、現出させていると言える。

植民地時代の抑圧と抵抗のなか、ターリク・イブン・ジヤードによるジブラルタル征服(ヨーロッパに対するアラブの勝利)が、細密画や歴史書を通じて想起されるのは、一見すると、民族のあいだの優位争い、マウンティングの一例のように見える。少なくとも、主人公ターリクの父親ような人物にとっては、七一一年のジブラルタル征服は、アラブ人の優越を証す偉業だった。

いっぽう息子ターリクは、ターリク・イブン・ジヤードが、戦闘の前に行ったとされる輝かしい演説「だが出口は何処にあろうぞ? 汝らの背後には海があり、汝らの前には敵がおる」について、原典を精査してゆくと、後世に捏造された可能性があることに気づく。栄光に影を差す〝真実〟を告げられ、父親は激昂するが、息子のほうは、支配と抵抗、優等と劣等というあまりにも単純な二分法から逃れる方途を、無意識に探しているように見える。

ドイツの批評家ヴァルター・ベンヤミンは、ナチスの迫害から逃れつつ思考し、〈正史〉はその時々の支配者の私物だという認識に至った。人文知は、少なくとも二〇世紀以降、敗者たちの歴史、抑圧された者たちの歴史を救い出そうと努めてきた。

いちどしか起こらなかった現実にも、ひとつだけの歴史が照応しているのではない。奇妙なまでの堂々巡りが展開されるこの螺旋の物語は、悪夢にも似た繰りかえしのなかでたゆまず、別の可能世界への小さな脱出口を、隠れた救済の隘路を探し続け、正史から漏れる野史、正史を覆す野史を書くことを試みる、〈歴史〉の営みそのものを現出させている。
この記事の中でご紹介した本
ジブラルタルの征服 /月曜社
ジブラルタルの征服
著 者:ラシード・ブージェドラ
出版社:月曜社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ジブラルタルの征服 」出版社のホームページはこちら
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