ヒエロニムス・ボス 奇想と驚異の図像学 書評|神原 正明( 勁草書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2020年2月15日 / 新聞掲載日:2020年2月14日(第3327号)

ヒエロニムス・ボス 奇想と驚異の図像学 書評
ボスの碩学として名高い著者の集大成
イメージ人類学の系譜と一線を画した表象文化論

ヒエロニムス・ボス 奇想と驚異の図像学
著 者:神原 正明
出版社: 勁草書房
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 本書は、ボスの碩学として名高い著者が、これまでの研究を3部構成の下で一本化した集大成である。作品を網羅的に扱うのではなく、3部のそれぞれを、分断されたイメージの再構成、イメージ文化論、表象文化論とでも呼ぶべき構成原理でまとめている。

著者は方法論として―アビ・ワールブルク的なイメージの平等性を前提した―図像解釈学を採用することで、作者や作品から一定距離をおくと述べている。作者や作品もこの方法論を基礎づける要素だが、その性格や特徴の解明をめざすのではないのだろう。その一方で、イコノロジーに対する批判的潮流のひとつ、画像面におけるモチーフ間の交流や連繋を扱うイコーニックな方法や科学的調査に基づく実証的成果も組み入れている。ただし、受容論や受容空間の問題を含む、いわゆるイメージ人類学の系譜とは一線を画しているので、本書全体から受ける印象は表象文化論や視覚文化論のそれに近い。

第1部における再構成は、昨今の美術史研究の最前線にある実証的な素材・技法研究に端を発している。ボス没後500年にあたる2016年に、画家の生没地で開催された展覧会では、厳密な実証研究により従来の定説の多くが変更を迫られていた。ここではたとえば、元々三連祭壇画の一部であった「愚者の船」に関して、新たに浮かび上がった意味が、隣接したはずのイメージとの関係から補強され、浩瀚な視覚文化的背景へと開かれている。

ボスには切断あるいは加筆・変更された作品が多いことが知られており、著者はタブローへ移行する時代の過渡期的現象と捉えているが、七つの大罪をはじめとする旧来のカトリック的価値に、宗派内部からも批判が絶えない宗教戦争の時代であったことも忘れるべきではないだろう。

第2部の中心的主題である「快楽の園」に関する議論は、まるで画面上のモチーフをクリックすれば、そこでそのモチーフに関する表象文化が広がってはまた収まっていくような、不思議な読後感がある。イメージ、言葉、数字、また、絵画、音楽、文学、演劇、ダンスへと、人間が外界あるいは内部世界を探求し認識し記憶し、さらに表出するために用いてきたさまざまな記号やジャンルが融解しはじめ、境界を越えて流動的に広がっては凝固する様を見る思いである。かつてボスを祖と捉えたシュルレアリストたちは、ここで指摘されているデペイズマンやダブルイメージの諸相を見逃さなかったのかもしれない。

第3部の主題は、病や治癒に関する表象文化である。病として現れる奇形や異形の、治癒による正常化の問題が、他者と接触をはじめた西欧の反応と重なり合う。自己としての画家の問題は、言葉(名前)とイメージをめぐる語呂合わせとしても語られる。ところで、自画像と見なされる画家の目が斜視であることについて、それを異形とみるか、レオナルドなどにも見られる自己観察の行為の証とみるべきかは、意見が分かれるところであろう。
この記事の中でご紹介した本
ヒエロニムス・ボス 奇想と驚異の図像学/ 勁草書房
ヒエロニムス・ボス 奇想と驚異の図像学
著 者:神原 正明
出版社: 勁草書房
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