中平卓馬をめぐる 50年目の日記(44)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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中平卓馬をめぐる 50年目の日記
更新日:2020年2月24日 / 新聞掲載日:2020年2月21日(第3328号)

中平卓馬をめぐる 50年目の日記(44)

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長田弘さんは「なぜ東松の写真は信頼できるのかについて書いてみます」と言ったのだった。

結果、長田さんは「写真家とは、その影像によって語る人の謂ではけっしてないのだ。かれはその影像の中に歴史の沈黙を組織するのみ(中略)。写真家は感情のアジテーターではなく、感情のオルガナイザーなのだ。写真家はつねに無名だ。そして影像は作品ではない」とそこで書いた。

それは当時の私たちが写真に向かうときの気持ちに流れる通奏低音のようなものを言葉で表してくれたと感じた。

吉増さんの横須賀論も然りだった。吉増さんはカフカの「人が写真を撮るのは、ものを意味の外に追い払うためなのです」という対話の一部を引いて、であるが故に「写真を語る際に、あるいは写真家を語る際に、そこに見られる個性的なものをあえて摘出しようとするのは、写真そのものの問題を狭めてしまうことにしかならない」のではないかとして写真から離れた「幻想」を書いてみたと文末に添えていた。

荒瀬豊さんはダンカンと桑原史成の写真からアメリカと日本の写真家の模索の違いを指摘する「写真家の時代の役割」を考えてくれた。

多木浩二さんは「すべての写真の価値は、それが含む予見の思想によってきまってくる。なぜなら、存在することはたえず自らをのりこえることで在るからである」というアクチュアリティーに深く内在化している価値を書いてくれた。

そのタイトルを私はまた「アマチュアリティについての覚え書」と、大ミステークをやってしまった。「アクチュアリティー」を「アマチュアリティー」という間違いである。

その間違いを見た多木さんは含み笑いをして、「マッサージの韻を踏んでいるみたいでいいじゃないですか」と言った。

1968年が明けてすぐ、「日本読書新聞」に「写真批評よ、起れ!」と題したコラムが載った。創刊号の各氏の論調を短く紹介しながら、「写真が自らの原点である記録に固執することからそれ、芸術への憧れや文学的な意味づけなどの水準で低迷しているのは、ひとつには写真批評の不毛にその原因があるに違いない。創刊された「フォト・クリティカ」誌がその不毛にどう挑んでいくだろうか」というその短い記事が嬉しかった。しかしその時は既に二号から先は作れそうにないことが明らかになっていた。

結局「フォト・クリティカ」は二号までで三号雑誌にもなれないで終わってしまったが、その体験はその時代に顕在化する写真観が転換する気運を強く実感することになった。

私は中平さんに続けられなくなったことを打ち明けた。すると彼は、「分かった。ちょうどいいきっかけになる。続きは一緒にやらないか。名前だけ『プロヴォーク』と決めているんだが、『フォト・クリティカ』に続くなにがしかの媒体をつくろう」と言った。

中平さんの構想はJPSの「写真百年展」編集作業の頃から「フォト・クリティカ」計画へのアドバイスとともに始まっていて、多木浩二さんとも話し合いを続けていた。中平さんが好きな「一点突破の全面展開」と語って多木さんにも名前の同意は取り付けていたようだ。

由来は? と訊くと、「『偉大なるキャシアス』だよ。彼の雄叫びから思いついた」と言った。それはウィリアム・クラインのドキュメンタリーフィルム『キャシアス・ザ・グレート』からのヒントだった。(やなぎもと・なおみ=写真家・東京造形大学名誉教授)         (次号へつづく)
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